JRC研究員の松本百加里です。2026年7月、福岡で開催されたAsia Pacific Tourism Association(APTA)の年次大会に参加しました。APTAは、アジア太平洋地域を中心に、観光・ホスピタリティ分野の研究者や実務家が集う国際学会です。
今回、私はAIエージェントを活用して旅行者のニーズを把握し、観光情報の整備と改善を続ける循環をどのように構築したかを、「Transforming Destination Websites into Needs-Based Touchpoints: An AI Agent Approach for Sustainable Content Ecosystems」という題目で発表しました。各国の研究者とのやりとりを通じて、地域の現場で向き合ってきた課題が、世界の観光研究ともつながっていることを実感しました。

APTA 2026で、熱海におけるAIエージェント活用の研究を発表する松本百加里研究員
会場ではAI、旅行者行動、サステナブルツーリズム、地域マネジメントなど、多様な研究が発表されました。一見すると別々のテーマに見えますが、発表を聞いているうちに共通する問いが見え、旅行者にどのような選択肢を示し、納得のある行動につなげるのか。そして、その結果を地域の改善へどう戻していくのかという問いです。
先に配信したGDS-Indexの記事(https://jrc.jalan.net/research/7999/)では、観光地が現在地を知り、何を測り、誰と改善するかという地域マネジメントの視点を紹介しました。今回はAPTA 2026の基調講演と研究発表から、観光の評価軸、AIによる旅行者支援、サステナブルな行動を後押しする仕組みについて考えます。
サステナブルツーリズム40年、問われているのは実装
基調講演には、世界持続可能観光協議会(GSTC)のCEO、Randy Durband氏が登壇しました。テーマは 「40 Years of Sustainable Tourism: Achievement, Challenges, & Prospects」。サステナブルツーリズムが国際的に議論されてきた40年間を振り返りながら、これまでの成果と、なお残る課題が語られました。
講演で印象に残ったのは、サステナブルツーリズムは完成した状態ではなく、改善を続けるプロセスだという考え方です。環境に配慮した施策を行うことや、認証を取得することだけで終わるのではなく、観光が地域の経済、社会、文化、環境に与える影響を把握し、必要な改善を続ける仕組みが求められます。
Durband氏は、そのために「共通基準(Standards)」「測定(Measurement)」「検証(Verification)」の3つをそろえる必要があると説明しました。何を目指すのかを共通の言葉で整理し、実際の変化を測り、自己評価だけでなく透明性のある形で確かめる。この3つがなければ、サステナブルという言葉だけが広がり、実態が伴わない取り組みにもなりかねないという指摘でした。

GSTC CEOのRandy Durband氏による基調講演。基準・測定・検証を通じて、サステナブルツーリズムを改善し続ける考え方が示された
また、DMOにはプロモーションだけでなく、観光による利益と負担を地域全体で捉えるマネジメントの役割が求められるという話もありました。Durband氏の発表で特に興味深かったのが、「平均泊数」を地域の状態を見る重要指標の一つとして捉える考え方です。もちろん、滞在が長ければ、それだけでサステナブルになるわけではありません。しかし、滞在が少し長くなれば、旅行者が一つの有名スポットだけでなく、周辺の地場の飲食店や体験、別のエリアを訪れる機会が生まれます。地域内での回遊や消費、閑散期への分散と組み合わせて見れば、観光の恩恵がどのように広がったかを考える手がかりになると語っていました。
サステナブル観光の指標は、環境、住民、文化、経済、事業者連携など幅広く、すべてを同じ重さで追おうとすると、かえって何が重要なのか分かりにくくなることがあります。私は今回の講演を聞き、地域の目標に最も関係する重要指標をどこに置くかを絞り込むうえで、「平均泊数」は有効な視点の一つになり得ると感じました。既存の宿泊データから継続的、定量的に追いやすく、地域内回遊や消費の分散との関係も検証しやすいからです。あくまで「平均泊数」は一例ですが、地域の目標に一番相関性が高く、継続的にウォッチし続けられること、且つ地域への貢献を確かめる入口として使うという考え方は、今後より重要になると思います。
学会では、Tourism Promotion Organization for Asia Pacific Cities(TPO)による「Good Tourism」のディスカッションも行われました。観光客数や消費額が伸びていても、住民の不満が高まり、文化や環境への負担が増えていれば、地域にとって成功した観光とは言い切れません。旅行者の支出が地域の事業者に届いているか、住民の生活の質が守られているか、地域の文化や自然が次の世代に引き継がれるか。「Good Tourism」とは、何か一つを最大化することではなく、地域ごとの状況に応じたバランスをつくることだと論じられていました。

TPOによるGood Tourismのディスカッション。観光の成果を人数や消費額だけでなく、地域への貢献とバランスから捉える議論が行われた
AIは情報検索から意思決定支援へ
APTA 2026のAI研究では、技術の新しさだけでなく、AIが旅行者の判断をどう支えられるかも問われていました。旅行の計画では、目的地、宿泊施設、交通、予算、日程、同行者の希望、現地での体験など、多くの条件を同時に考える必要があります。情報も観光地の公式サイト、OTA、SNS、動画、口コミ、地図などに分かれています。選択肢が多いことは便利な一方、比較に疲れて決められず、旅行の検討を途中でやめてしまうこともあります。
この課題を扱った研究が「Scaffolding Travel Decision-Making with Generative AI」です。英国在住の成人30人に、ChatGPTを使って実際に行きたい旅行を計画してもらい、その前後にインタビューを行いました。分析では、旅行計画における情報整理や、計画を始めて続ける際の負担の感じ方に着目して、生成AIの役割を比較しています。
自分で計画を組み立てやすい参加者にとって、生成AIは、すでにある旅行計画を効率よく進めるための道具として機能しました。一方、選択肢の多さに圧倒されやすく、計画の着手や継続に負担を感じやすい参加者にとっては、断片的な考えを整理し、次に何を決めればよいかを示す支援になっていました。
同じAIでも、利用者によって必要な支援は異なります。情報を短く整理してほしい人もいれば、希望を言葉にするところから助けてほしい人もいます。これは、生成AIを単なる効率化の道具ではなく、多様な情報処理の特性を持つ旅行者が旅行計画に参加しやすくする、アクセシビリティ支援として捉える視点です。
ただし、回答が長すぎたり、誤りが含まれたりすれば、かえって判断の負担を増やします。AIに多くの情報を返させることよりも、一人ひとりの旅行者が次の一歩を決められる形に整えることが重要だと分かります。
もう一つ興味深かったのが、ホテル予約で残り1室と伝える場面の研究です。人間とAIが同じ内容を伝えても、AIによる希少性訴求は予約意向が低く、背景にはメッセージへの信頼の差がありました。希少性を示さない場面では差がなかったため、AIそのものではなく、伝える内容との組み合わせが重要だと感じました。
サステナブルな行動を、お願いではなく仕組みで支える
サステナビリティの研究でも、旅行者に意識を持ってもらうだけでなく、選択や負担の示し方を工夫する研究が見られました。
まず、東京都の宿泊税に対する日本人と中国人旅行者の意識を比較した研究です。両者とも宿泊税への支払いに一定の理解を示しましたが、重視する使途には違いがあり、日本人は一般インフラの改善、中国人は観光資源の保護と開発をより重視する傾向がありました。税への受容には、金額だけでなく、何のために使われるのかを具体的に伝えることが重要だと分かります。
次は、宿泊時のCO2排出量を価格に反映する動的価格の研究です。3つの実験に合計508人が参加し、エネルギー消費が多いほど料金が上がる条件や、環境負荷を抑えると料金が下がる条件、料金の内訳を分けて表示する条件などを比較しました。最初の実験では、CO2排出量を反映した価格を示すと、通常価格よりも節水などの環境配慮行動への意向が高まりました。別の実験では、水道や電気などの費用を分けて表示することで、環境負荷と料金のつながりが意識されやすくなることも示されました。これは、旅行者に環境に良い行動をお願いするだけでなく、日々の選択と環境負荷の関係を価格や画面表示で分かるようにする発想です。
最後は、観光地の自然や文化資源を修復するための寄付を扱った研究です。サンゴ礁修復への寄付を呼びかけるポスターで、修復前の画像だけを見せる場合と、修復前後の両画像を並べる場合を比較しました。結果は、修復後の姿まで見せた方が寄付意向が高く、自分の寄付が変化につながるという実感も強まりました。問題の深刻さだけを伝えても、旅行者は自分の負担が何を変えるのかを想像しにくいことがあります。修復後の姿を見せることで、寄付と結果のつながりが具体的になり、参加する意味が伝わりやすくなります。こちらも実際の寄付額ではなく寄付意向を測った結果ですが、地域で協力金や寄付を呼びかける際の情報設計として参考になります。
2つの研究に共通するのは、旅行者の善意だけに頼らないことです。何のための負担なのか、選択によって何が変わるのか、その結果が地域にどう残るのかを見える形にする。サステナブルな行動を広げるには、お願いの言葉を増やすより、旅行者が納得して参加できる仕組みを整えることが大切です。

ポスターセッションの様子。AI、旅行者行動、サステナビリティなどの研究をめぐり、発表者と参加者が直接意見を交わした
おわりに 測ることと伝えることをつなぐ
今回のAPTA 2026を通して、AIとサステナビリティは別々のテーマではないと感じました。
GSTCの基調講演では、共通基準を持ち、変化を測り、検証しながら改善する必要性が示されました。Good Tourismの議論では、観光を最大化するのではなく、旅行者、地域経済、住民、文化、環境のバランスをつくることが問われました。
AI研究からは、旅行者に多くの情報を与えることと、旅行者が納得して決められることは同じではないと分かります。観光税、CO2価格、寄付の研究からは、正しい行動を求めるだけでなく、負担の意味や変化の結果を具体的に示すことが受容につながると分かりました。
地域マネジメントでは、何を測るかと同じくらい、その意味を旅行者や住民、事業者にどう伝えるかが重要です。そして、旅行者の反応を再び地域の改善に戻していく必要があります。
観光客数を増やすことだけを成果とせず、観光が地域に何を残したかを確かめる。AIもサステナビリティも、そのための手段として考える。今回の学会で得た知見を、JRCの研究や地域での実践にもつなげていきたいと思います。
松本百加里研究員の関連研究

•世界が観光地を評価する視点とは? GDS-Indexから考える地域マネジメント
https://jrc.jalan.net/research/7999/
•AIエージェント活用による持続可能な観光地域経営モデルの研究
https://jrc.jalan.net/surveys/generative_ai2026/
