FC今治/株式会社今治.夢スポーツ 代表取締役会長

岡田武史

とーりまかし研究冊子の記事はこちらから

スポーツの力を通じて 新しい地域のかたちに挑む

有名人が地域に来ても、どうせすぐ帰ってしまう…そんなふうに思われがちな立場から、 地域に根差し、社会を変えようとしてきた元日本代表監督の10年の軌跡とこれから。

略歴

1956年大阪府出身。監督未経験からサッカー日本代表監督に就任し、1998年、2010年の2度のワールドカップを指揮。札幌、横浜、杭州緑城(中国)でも監督を歴任。JFAでも要職を務め、2014年より現職。2024年からはFC今治高校で教育にも取り組む

「”失敗しない“のもいいけれど ”失敗から立ち上がる“幸せもある 人々が行きかう里山のような場として スタジアムがその拠り所になればいい」

「試合に来てくれる人」を増やすために始めた街づくり

サッカー指導者として、日本の選手の主体性を育てたい。もとはそれをゼロから実践できる場所として選んだのが、大学の先輩がスポンサードしていたアマチュアクラブ(当時)、FC今治だった。
「だけど来てみたら、街の中心の交差点のところはデパートのあとが更地のままだし、昼間の商店街には誰も歩いていない。『これじゃ俺が成功してもサッカーを見に来てくれる人がいなくなってしまう。それならまずは、街も一緒に元気になれることをやろう』といろいろやっていたら、どんどん広がって今や何でも屋です(笑)」
サッカーの育成環境を整え、選手志望の若者を地域に呼ぶことも考えたが、それで移住してくるのは年数十人。人口減少にはとても追いつかない。それよりはと、試合のないときも365日人が訪れる複合型のスタジアムを作ることを目標にした。人が集まれば、そこで商売をしたい人も集まり、彼らが地域に定着するかもしれない…そんなサイクルに期待したのだ。

失敗しても立ち直れる幸せを感じられる里山のような場所

当初は「今治は野球の街だ」「そんなに人が来るわけがない」と否定的な声も多かった。最後は岡田氏自身が市に対し、「土地だけ無償貸与してくれたら自分で建てます」と宣言してようやく新スタジアムに着工。こうしてできた『ありがとうサービス.夢スタジアム』の総工費は3億8000万円。お金がないのでトラブルは絶えず、埋め立てた部分が陥没し、設計士が「グラウンドに段差があったらまずいですよね…?」と言ってきたこともあった。「マンガみたいなことばかりやってましたよ」と岡田氏は笑って当時を振り返る。
しかし、岡田氏ら経営陣が地道に地域で「友達」を作り、住民のちょっとした用事を手伝う「孫の手活動」などで「見に行ってやるよ」と言ってくれる知り合いを増やした結果、こけら落としの試合は5000人の観客で埋まった。今、今治は年2100人が移住してくる街となり、「この街には無理だ」と言う人はもういない。現在の『アシックス里山スタジアム』建設時には先に市議会が動いた。「土地の無償貸与を決めてきて『あとは岡田さんが40億集めるだけです!』と。これにはぶっ飛んだ(笑)。もう命がけですよ」
それでも資金が集まったのは、そこにストーリーがあったからだ。
「今後はAIのおかげで『失敗しない』幸せな人生を歩むこともできる。でも人間には、失敗から立ち上がって成長する、誰かと助け合って絆ができるという種類の幸せもある。次世代にはそういう社会を残したい。それを提供できるのがスポーツであり、文化なんです」
「そうした心の拠り所として、365日人が行き交う里山のような場所を作る」というのが、新スタジアムのストーリーだ。

スポーツだからこそ多様性を許容できる

スタジアム内のオフィスフロアには「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」という企業理念が掲げられている。最終的にはこれを体現した「共助のコミュニティ」を作るのが岡田氏の夢だ。地球環境が激変し、社会が行き詰まる中、つながりのある者同士が衣食住を保証し合うあり方は希望になるのではないか。そしてそんなコミュニティを、Jリーグなどのスポーツクラブが日本中で作れたら、日本は変わるのではないか…そのモデルとなる形を目指す。
「こういうコミュニティは多様な人が自由に出入りできるべきだと感じていて、そのためにもスポーツや文化で集まるのがいいと思うんです。スポーツでは、共通の目的のために違いを許容し合える。長い監督経験の中で、チーム全員仲が良いなどということは一度もなかったけれど、気の合わない相手でも『アイツにパスしたら絶対得点してくれる』と認めることはできるし、勝てば一体感も生まれる。そうしているうちに不思議と相手のよさが見えてもくるんです」
行動力の原点は初めて日本代表監督に選ばれたときの経験。世間のバッシングに追い詰められ、最後は「ダメだったら謝ろう。でも悪いのは俺を選んだ会長だ」と開き直った。難しいときにもどこか明るい、そんな「岡ちゃん」は、今日も地域で奔走している。

高台に作られたスタジアムのメインスタンドからは今治の街と瀬戸内海を一望できる。スタンド内のスイートから望む風景は、岡田氏が最も愛する眺めでもある

試合日以外にも人が集まるアシックス里山スタジアム

FC今治の本拠地である『アシックス里山スタジアム』は2023年1月に完成。敷地内にはカフェや福祉作業所を備え、試合のない日にも人が集う仕組みを作った(周辺施設は今後も拡張予定)。観客席の最前列はピッチと同じ高さにあり、予算の都合もあって柵も設けていないが、立ち入り禁止のピッチへの侵入事案等は皆無。平日にゴミ拾いをしながら散策する市民も現れるなど、スタジアム自体がシビックプライドの発信地となっている。

前のぺージへ

野田クリスタル

次のぺージへ

河瀨直美
バックナンバーへもどる