【おもてなし人材育成】多様化する顧客ニーズに応えるために、温泉街で始まった学びの場〜天童温泉Next〜

昨今「高付加価値化」が業界でも注目のキーワードになり、多くの地域や宿泊施設でツアーやプラン造成、設備投資をはじめとする様々な取り組みが行われています。
この研究ではその中でも、”人”が関わることでの高付加価値化にフォーカス。観光地で働く「おもてなし人材の育成」をテーマとし、人材育成を行うことで、接客の質の向上はもちろん、旅行者の滞在満足度の向上や、従業員の仕事へのモチベーションUPや就労満足度UPに寄与するか検証に取り組んでいます。

個人旅行客や外国人旅行者の増加がもたらした、宿泊施設のおもてなしの変化

かつての観光といえば、団体ツアーが主流でした。
旅行会社が催行するツアーに申し込んだり、会社の慰安旅行なども盛んに行われ、大型バスで添乗員と観光地をまわり、宿には夕方チェックイン、朝早くチェックアウトして宿を出ていく。
周辺情報や観光に関する話、場合によってはご当地の郷土料理はじめ宿の夕食に関する説明まで添乗員が行っていたこともあり、そんな時代のお客様対応は、チェックインを円滑に行い、施設案内・お部屋案内を適切に行うなど、館内でのおもてなしを均一なレベルで効率よく提供することがメインでした。
WebやSNSが普及するにつれ、個人旅行者が増加。またインバウンドの急増により、昨今では地方を訪れる個人の外国人旅行者も増えています。 個人旅行者は自分でWebやSNS、最近ではAIを使って情報を取得し、自分の興味に基づき旅のプランを決めます。この旅行スタイルの中には団体旅行の場合に宿と旅行者の間に存在した”観光のプロである添乗員”はおらず、その仲介者の役割が宿に求められるように変化してきています。
具体的には、地域のならではの体験や食、お土産に関する案内ができるといった地域のコンシェルジュのような対応であったり、インバウンドに対しては多言語や異文化を理解し対応する通訳者のような対応を行える必要が出てきています。
宿泊施設の接客は団体客を受け入れ、宿という場を快適に過ごすためのおもてなしを提供する接客から、現在は旅行者と会話しそれぞれのニーズに応える共創する体験作りへの変化し、それに伴い新しいスキル習得が従業員にとって必要となってきています。


きっかけは「もっと喜ばれる接客を」という従業員の声 

山形県の天童温泉でも変化は起こっていました。
インバウンドに人気の観光地、銀山温泉や蔵王へ行きやすいことや、空港からのアクセスがいいことなどの理由で天童温泉にも特に冬のシーズンに多くのインバウンドの個人旅行客が訪れるようになりました。
チェックインを英語チラシで指差し確認で行ったり、翻訳アプリを使った接客をしたりと工夫をしてインバウンドのおもてなしをしていましたが、ある日従業員から「英語を学びたい」という声があがりました。
チラシでの案内や翻訳ツールでの案内は一方通行だと感じての意見でした。
宿側が伝えたいことは伝わるが、外国人旅行者が質問をしても、内容を聞き取ることが難しく、返答も正しくできているかわからない。
「もっとお互いにやり取りができるようになることで、外国人旅行者にも安心して楽しんで滞在していただけるようにする」これを目指して、英語を学ぶ機会を作ることの検討が開始しました。

「もっとこういうご案内ができたらなあ」と感じた時に、気軽に来れる場所づくり 

この従業員の声に対して、じゃらんリサーチセンターと株式会社DMC天童温泉で「温泉街で働くすべての従業員が学びたいと感じた時に、気軽に学べる場をつくる」ための検討が始まりました。
検討の中で大切にしたのは「温泉街ではたらく従業員のためになって、学びたいと感じたら意思さえあれば参加できるような仕立てにすること」でした。これを実現するべく、温泉街の6宿から学びの場を企画するメンバーの選出をいただき、全4回の企画会議を4ヶ月にわたって開催。学ぶ内容に始まり、学ぶ場の開催時間や頻度の検討、宿のスタッフへの案内方法などの検討を行いました。
最後には、企画メンバーみんなで学びの場の愛称を考え、さまざまな案の中から、天童温泉がもっといい温泉街になるよう、Nextステップへいくという想いをこめた”天童温泉Next”という名前になりました。


「学ぶこと」にチャレンジし「学びを習慣化する」ためのこだわり 

講義内容は「講義後すぐに実践できる」ことにこだわってテーマ設計を行いました。
実際のフロントの業務、サービスの業務をシーンごとに分解し「チェックイン」「お食事」などの粒度で講義内容を設定。またシフト起因で参加できないと諦めることがないよう、1つの講義を時間をずらして2回ずつ開催するなど参加ハードルを下げる運営にもこだわりました。
講義も、山形県でインバウンド向けのツアーをしている外国人ガイドを先生に迎え、形式ばった英会話ではなく「カンタンだが意味が通じる英語」をコンセプトに、基本的な構文を使った短い文章で説明する方法を、会話中心に学ぶことで、中学高校で習った知識があれば負荷なく参加できるよう工夫をしています。
また仮に都合がつかず参加できない場合でも講義を受けられるよう、講義動画の配信をおこなったり、テキストも参加者のグループチャットで配布。
予習復習もできる環境をDMCが主体となって構築し、参加するだけでなく、学びを定着させるための支援も実施しています。


学ぶ機会の提供は、従業員の就労に対するモチベーションにも好影響を与える

雪のシーズンの外国人旅行者の増加に向けて、11月から4ヶ月全16回開催された天童温泉Nextは、温泉街のさまざまな宿から毎回20名前後が参加。
従業員の困りごとにフォーカスした学びを提供することは、学びを通したスキルアップという直接効果はもちろん、従業員の「学びへの興味」を高めることや天童温泉で働くことへのモチベーションも向上させる結果となりました。
講義に参加したことがある従業員向けにアンケートを実施したところ、スキル面では全体の81.8%が上達の兆しを実感。英会話が「上達した」「かなり上達した」と感じている参加者は13.5%、「多少上達した」参加者は68.2%となりました。また海外のお客様をすすんで接客するようになったとの参加者も全体の68.2%、
「カタコトやジェスチャーで会話できて、笑顔が見られることが増えた」「YES、NOではっきり答えられるようになった」「アレルギーや食事の楽しみ方をご案内できた」などの具体的な変化の声が寄せられました。
学びへの興味に関しては、学ぶことへの興味が生まれたと回答したのは全体の90.9%となり、講義参加にあたり予習復習を実施した人も全体の95.5%と高く、提供されている教材以外に、自分でアプリを使用して学び始めた層も54.5%発生しています。
天童温泉で働くことへのモチベーション向上につながったと回答したのは全体の77.2%、天童温泉で観光のお仕事をすることのワクワク感が増えたと感じた参加者は全体の81.8%となりました。
また「自分が働く宿以外の従業員で知り合いはいなかったが、天童温泉Nextで会い、英会話のペアとして講義中に一緒に学ぶことで顔見知りになり、今では街であっても話す友達ができました」という声もあり、週1回の学びの場は、温泉街で働く仲間のコミュニケーションの場としても機能しています。


研究員のコメント

今後も発展していくと期待される観光産業ですが、AIやシステム導入などの一方で、「人が提供する価値」が旅行体験の差別化に重要になると私は考えています。
今回の取り組みでは、働く従業員の声から始まった「高付加価値化をめざした接客レベルUP」のための取り組みですが、どのように学んでもらうかを街ぐるみで企画し、参加者目線で細部を作り込んだことが、自発的な学ぶ意欲の向上や働くことのモチベーションアップの実現に好影響を与えたように思います。
この”天童温泉Next”は初期テーマは英語の学びでしたが、今後も英語は継続しつつ、現在は新しい学びのテーマの検討も行われています。例えば講義の新テーマとして「地域について学ぶ」ことや、会を運営してわかったコミュニケーションの場としての機能を生かした、温泉街全体での新人研修の実施などの検討も行われています。

人口減少に伴う働き手不足が唱えられて久しいですが、地域で生きていくにあたって、その地域で働くことが魅力的であることは重要なポイントの1つであると言っても過言ではありません。
働く人に選ばれる仕事、地域であるために、温泉街一体となって取り組みを行なっていくことが今後より一層大切になっていくでしょう。


研究員 日野 秀美

宿泊業で働くことの魅力向上をめざし、観光地の人材獲得・定着・育成・評価をテーマにした研究を行う。 2013年リクルート入社。人材採用関連のサービス企画に7年携わり、新卒採用・中途採用・アルバイト採用における商品企画に従事。その後、業務支援サービスの企画へ異動。店舗運営業務を効率化するサービスの企画・開発・マーケティング・カスタマーサクセスに4年従事。2023年より旅行Div地域創造部で、奈良県の観光誘客を支援するエリアプロデュースを行い、2024年からじゃらんリサーチセンター研究員。日本の観光人材のスキルアップを目指した越境学習プロジェクト(観光人材留学)の企画・運営を実証実験として実施。また観光地で働く従業員のスキルアップのための学びの場(天童温泉Next)の設計・運用を行う。現在は「働いて良しの観光産業 」の実現に向けた実証実験や調査を企画。

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