はじめに ― 現場で感じた「一次産業×観光」の可能性
JRC研究員の松本です。
今回は宮城県仙台市でいちご農園「PunksFarmer」を営む早坂洋平さんの取り組みを取材しました。近年、地域の一次産業と観光を掛け合わせた体験コンテンツづくりが各地で進んでいます。一方で、農業を本業とする事業者にとって観光客の受け入れは、運営負担や収益性の不確実性などから導入のハードルが高いケースも少なくありません。 そうした中で今回の取り組みは、ターゲット設定・商品設計・体験演出という3つの観点から、農業と観光の両立を図っている事例でした。現地で話を聞く中で印象的だったのは、「誰に届けるのか」を明確にした商品設計です。本稿では、この事例から見えてきたポイントを整理してみたいと思います。

いちご農園「PunksFarmer」を営む早坂洋平さん。パンクカルチャーをルーツにしたユニークな農園名も印象的
① 価値を共感できるターゲットへのマッチング
まず一つ目は、価値を共感できるターゲットへのマッチングです。
早坂さんによると、欧米市場ではいちごそのものへの関心が必ずしも高くない一方、台湾や香港などのアジア市場ではいちごが高級フルーツとして認識されており、日本産いちごの品質に対する評価も高い傾向があります。例えば台湾では、白いちごは台湾産でも数百円、日本産では1粒1000円近くになることもあります。こうした価格感覚がある市場では、日本の希少ないちご品種を体験として提供する価値が理解されやすいといえます。さらに仙台空港からは台湾・香港・タイへの直行便があり、アクセス面でもターゲット市場との相性が良い条件が整っています。
つまりこの体験は、幅広い層に売るのではなく、価値を共感できる市場に届けるという発想で設計されている点が特徴的でした。
② 希少品種と価格設計による高付加価値化
二つ目は、希少品種と価格設計による高付加価値化です。
一般的ないちご狩り体験は赤いちごを中心に提供されることが多いですが、PunksFarmerでは、「赤いちご」「白いちご」「黒いちご」の複数種類の食べ比べを体験として提供しています。特に黒いちごは、果皮が濃い赤紫色になる希少な品種で、日本でも栽培農家が限られる高級いちごです。この希少性が体験価値の差別化につながっています。
料金体系は松竹梅の三段階に設定されています。
• 梅:赤いちご2種(約4,000円)
• 竹:赤いちご2種+白いちご2種(約7,000円)
• 松:赤いちご2種+白いちご2種+黒いちご1種(約10,000円)

この価格階段により、来訪者のニーズに応じた選択が可能になります。また体験中に希少ないちごを試食できる仕掛けを入れることで、体験後のお土産購入につながる導線も設計されています。体験と物販を組み合わせることで、体験単体ではなく総消費額を高める仕組みがつくられている点も特徴です。
さらに興味深いのは、インバウンド旅行者の予約行動です。多くの場合、予約は1週間程度前に入るといいます。農産物は鮮度管理が重要な商材であるため、来訪人数が事前にある程度見えることは在庫管理の観点でも大きなメリットになります。
農業という商材の特性と観光需要の予約行動がうまくかみ合っている点も、この取り組みの特徴の一つでした。こうした設計は、単なる農業体験ではなく高付加価値観光コンテンツとして成立させるための重要な要素といえるでしょう。
③ 満足度を高めクチコミにつなげる体験設計
三つ目は、満足度を高めクチコミにつなげる体験設計です。早坂さんは、いちご狩りを単なる収穫体験として提供するのではなく、来訪者とのコミュニケーションを大切にしています。
例えば
• 赤いちごと白いちごを並べて写真映えする演出
• 来訪者の写真撮影を手伝う
• 来訪者の出身地を聞き、その地域について知っていることを話題にして褒めるなど会話を広げる
• 最後にレビュー投稿を自然に促す
といった工夫を取り入れています。

いちごを並べて写真撮影しやすいようにテーブルに配置
また、アジア出身の方とのコミュニケーションについても、英語の単語を並べるだけでも意外と会話が成立することが多く、必要に応じて翻訳アプリを使えばスムーズにやり取りできるといいます。こうした気軽なコミュニケーションの積み重ねが、来訪者にとって「歓迎されている」という体験につながります。特にインバウンド市場ではクチコミやSNS投稿が旅行先選びに大きく影響するため、満足度と情報拡散を意識した体験設計は重要な要素といえるでしょう。この体験は2026年2月末に販売を開始したばかりですが、すでにターゲットとして想定していた台湾や香港などから続々と予約が入り始めているそうです。体験後の口コミも好評で、狙った市場から反応が得られている点も興味深いところでした。
一次産業と観光の両立という可能性
今回の取り組みを進める早坂さんは、「唯一無二のいちご農園をつくりたい」という思いから農園を運営しています。農園名である「PunksFarmer(※)」には、昨日より今日、今日より明日と過去にとらわれず自己ベストを追求し続ける、自立した農業家という意味が込められているそうです。また早坂さんは、「誰もが心躍ることを仕事にできる社会にしたい」と語ります。
※「Punks」は過去にとらわれず自己ベストを追求し続ける人、「Farmer」は同じ志を持つ一人ひとりが自立した農業家であるという考えから名付けられた。
こうした思いのもと、いちご栽培という一次産業をベースにしながら、観光体験としての価値づくりにも取り組んでいます。
この事例は、
・ターゲット市場の明確化
・高付加価値商品の設計
・満足度向上によるクチコミ拡散
という3つの要素を組み合わせることで、一次産業と観光の持続可能な両立の可能性を示しています。
地域の一次産業が観光と連携する際のヒントとして、参考になる事例といえるのではないでしょうか。地域の強みを生かした体験づくりを考える上で、多くの示唆を与えてくれる取り組みだと感じました。

松本百加里研究員の研究内容は下記より確認ください。
高付加価値旅行者を呼び込む インバウンド戦略「3年の計」
https://jrc.jalan.net/research/5372/
インバウンド旅行者の主要周遊ルート調査2025
https://jrc.jalan.net/wp-content/uploads/2025/04/report_inbound-route2025.pdf
インバウンド都道府県ポジショニング調査2025
https://jrc.jalan.net/wp-content/uploads/2025/08/report_inbound-positioning2025.pdf
インバウンド市場の注力ターゲット調査2025
https://jrc.jalan.net/wp-content/uploads/2025/04/report-inboundtarget2025.pdf
