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2つの重要指標で世界1位!地方こそ「中国市場」に注力すべき理由と戦略(後編)
- インバウンド
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2024年の「訪日外客数」では、中国は韓国に次ぐ2位となったものの、
「訪日外客の旅行消費額」と「訪日外客の延べ宿泊者数」という
地域経済への貢献度を量るうえで重要な2指標においては、
圧倒的な存在感で世界1位となっています。
一方で「インバウンド市場の注力ターゲット」としては
国内地域からの注目度がさほど高いとは言えない状況にあります。
このインバウンド戦略上のミスマッチを再考するために2025年5月、
日本政府観光局(JNTO)上海事務所長・薬丸 裕さんをお招きした
オンラインディスカッションを実施。
重点市場として注目に値する中国市場の現状やターゲット像をご紹介した
前編に続き、後編では受け入れ側として手始めに行いたいことや、
受け入れの現場に求められることなど、中国人旅行者の誘客・受け入れに向けて
今日からできる具体策のヒントをお届けします。
▼前編はこちら
https://jrc.jalan.net/research/6411/
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左/ゲスト:
日本政府観光局(JNTO) 上海事務所 所長 薬丸 裕さん
…JNTO上海事務所次長、観光庁国際観光政策課係長、JNTO海外プロモーション部マネージャーなどを経て、
2017年4月~2021年12月にはJNTO香港事務所長を務める。
本部帰任後、JNTO総務部次長(海外事務所運営管理)を担当した後、2024年9月より現職
右/聞き手:
じゃらんリサーチセンター(JRC) 研究員 松本 百加里
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継続的なデジタルコミュニケーションが第一歩。
SNS「RED」の活用が宿泊者増につながった地域も
◇松本研究員:
中国市場の訪日インバウンドを誘客するにあたって、地域としてできること、しておいたほうがよいことは?
◆薬丸所長:
一番大事なのは情報発信、現状ではデジタルコミュニケーションを止めないこと。
いまや日本は中国人旅行者が主体的に選んで訪れる旅先。
選ぶ判断材料として情報収集をしており、情報の入手先はSNSがメインとなっている。
最近は訪日経験者のSNS、もしくは訪日中の中国人旅行者が
リアルタイムで発信しているものを情報源にする人が多い。
一方で、検索サイトを使ってウェブサイトから情報収集をする人は非常に少ないのが現状だ。
日本でも若者はまずInstagramを見て、追加でウェブサイトを見る流れがあるが、
中国はもっと極端なSNS偏重の傾向。
ゆえに中国語の公式サイトがあったとしても情報発信ツールとしては完全に力不足だと認識してほしい。
自分たち、あるいは広域の観光関連組織を通じて積極的に、
中国人がよく見ているSNSでの情報発信に力を入れることがまず第一歩だろう。
◇松本研究員:
中国系のデジタルプラットフォームもいろいろとあるが、情報発信ツールとして向いているものは?
◆薬丸所長:
JNTOでは、3つのSNSの特性を踏まえ、目的に応じて使い分けながら運用している。
最近のトレンドでは、中国では実用的な旅行情報を発信するプラットフォームとして、
「RED(小紅書/シャオホンシュー)」の利用が急激に伸びている。
閲覧される情報の内容はインパクトのある写真や動画だけでなく「目的地名+攻略」をキーワードとした
実用的なUGC(ユーザー生成コンテンツ)が主流であり、
ショートムービーや画像も、文字情報の記事も発信できる「RED」は、
具体的で実用的な旅行情報を求める渡航意欲の高い消費者との相性がよい。
「○○攻略」とタイトルをつければ、消費者目線でスポット情報もアクセス情報も
一気に発信できる使い勝手のいいプラットフォームだ。
すでに「RED」を上手に活用し、多くのファンを獲得されている地域もある。
たとえば福岡県さん、鳥取県さんは「RED」のフォロワー数も多く、
継続的な情報発信やフォロワー向けリアルイベント等の効果もあってか、
ここ最近の訪日中国人の宿泊者数も伸びている。
JNTOでは2024年10月より「RED」で情報を発信している
◇松本研究員:
まずは「RED」のアカウントを立ち上げるのがベストとのお話だが、
さらにミニマムレベルでできることは?たとえば情報発信用の素材を用意する…など。
◆薬丸所長:
日本をはじめ、頻繁に海外旅行を楽しむ中国人、特に若い人は、日頃から「RED」に投稿する習慣がある。
だから目の前に来てくださっている中国人旅行者に対して、
投稿を誘発する取り組みから始めることもとても大事。
実は、B2Cの情報発信よりもC2Cの情報発信を促す方が
遥かにコストもかからず、着実な効果も期待できる面がある。
なぜならSNSで日頃からつながる仲良しグループは所得レベルや趣味嗜好が近かったりするので、
有望な見込み客へ強力にリーチできる可能性が高い。
たとえば宿の施設内にフォトスポットを用意したり、具体的な場所がわかるように
「投稿時は地名やリーチしたい客層に刺さりそうなキーワードのハッシュタグをつけてほしい」とお願いしたり。
中国人は看板の前で撮影することが好きなので、地名や施設名がわかる看板を設置するのも一つの手。
あるいは近隣の景色のいい、写真映えのするスポット情報を案内すると、彼らは自発的に
地域・施設周辺の魅力を撮影・投稿してくれるだろう。また、「写真を撮りましょうか」と声をかける、
場合によっては一緒に写るなど、フレンドリーにコミュニケーションをとることも大切だ。
自前の「RED」のアカウントがない事業者さんの場合でも、地域の自治体や観光組織がアカウントを持っていたり、
「KOL」と呼ばれる中国版インフルエンサーを招いたモニターツアーを実施することもあるだろう。
そうした機会を活かせるように、地域の観光組織と日頃から関係性を構築しておくことも非常に重要。
日常生活や消費レベルなど中国人に対する理解を深め、
日本として何ができるのかを考えることが大事
◇松本研究員:
情報発信の他、受け入れの準備段階でできることは?
◆薬丸所長:
可能ならば中国を訪れて、今の・リアルな中国人消費者の日常を知ってほしい。
近年は中国の物価水準やサービスレベルも格段に上がっている。
たとえば上海で日本食を食べるなら、どの程度のレベルのものがいくらなのかを知っていれば、
自分たちの商品・サービスの適切な値付けにも役立つ。日常生活を実際に見て、
日本には提供できて中国に足りないもの、あるいは中国の方が実は進んでいたり、
もはや付加価値にはならないモノ・コトを知るのは、もてなす側にとって大事なこと。
◇松本研究員:
以前は日本より中国の物価が安いイメージだったが、現状は変化していることを知るのは確かに大事。
高付加価値商品も、価値に見合う値付けであれば中国人旅行者は払ってくれるだろう。
◆薬丸所長:
日本人は原価に対して利益率が高いと罪悪感、抵抗感を抱く傾向があるが、
価値あるものをふさわしい価格で売るのは悪いことではない。
中国では日本以上に高付加価値商品が大胆に販売されている場面に出会う。
たとえば上海は今、コーヒー消費が盛んで、バリスタ大会の優勝者が淹れたハンドドリップコーヒーは、
屋外イベントの立ち飲みにもかかわらず1杯3,000円くらいの値段が会場に掲げられ、
半信半疑で現場に行くとそれなりに買う人がいて、驚いたことがある。
◇松本研究員:
すでに中国人旅行者を受け入れていて、実際にマナー問題で苦慮しているとの声も聞こえる。
対策法はあるだろうか。
◆薬丸所長:
日本が好きで、主体的に日本を選んで訪れている中国人旅行者の多くは、
日本人からひんしゅくを買うことを望んではいない。
中国国内でも日本滞在中のマナー違反を問題視する記事はたくさん出ているし、
上海の地下鉄の車内等では利用マナーの向上を呼び掛ける啓蒙動画が延々と流れていたりする。
日本人が好まないような振る舞い等があったとしても本人は悪意なく「知らずにやっている」こと、
日常習慣の違いによるものが多いのではないかと感じている。
実際に、声を掛けて説明すると「教えてくれてありがとう」と言われたりもするので、
コミュニケーションによって解決できることは多々あるはずだ。
入浴方法を大浴場に掲示している施設はよくあるが、さらに一歩踏み込んで、
宿の過ごし方ガイドをチェックイン時に渡したり客室に置いたりと、個別にご案内する仕組みも有効。
中国のお客様に対して、お願いしたいことをはっきりと伝えることは悪いことではなく、
むしろサービスだと思ってほしい。
ただし、一方的な偏見や見下したような態度での一律・機械的な対応は禁物。
「マナーよく過ごしたい」「日本のことを知りたい」という中国人のニーズがある一方、
既に他の外国人や日本人以上にスマートで行儀正しい人もいる。
大切なのは、相手が望んでいるかを確かめつつ、
各施設がお願いしたい「日本旅館の楽しみ方」といった切り口で、主人が大切にしていること、
日本人の習慣や共有したいマナーを伝えていくことが大切だ。
◇松本研究員:
過去のステレオタイプにとらわれず、中国人旅行者の現状、
ニーズをしっかりと把握して対応することが大事なのだなとお話をうかがって改めて感じた。
◆薬丸所長:
厳しい現実として、人口減少もあり将来的な日本人旅行者の減少は避けられない。
東アジアの人々が一番のお得意さまになる時代は近づいている。
なかでも最も大きなポテンシャルがあると言えるのが中国市場だ。
2024年の訪日中国人旅行者の消費額は約1.7兆円。これは定住人口約128万人分の消費に相当する。
一度、訪日中国人旅行者による旅行消費額のインパクトが、
自分たちの行政単位(地域)人口の
何%にあたるのかを確認(=128万÷地域の人口●●万)することをおすすめしたい。
また、人口減少が各地で進むなか、定住人口1人あたりの
年間消費額(約134.9万円)を訪日中国人の滞在消費で取り戻そう考えた場合、
理論上は4.9人分でリカバーできることになる。1000人減ってしまった定住者分の域内消費を補いたいなら、
元気な消費者である訪日中国人4900人の誘客を目指すという計算、すなわち事業の目標設定も成り立つのだ。
▽資料:訪日中国人による日本国内消費へのインパクト(出典:JNTO)
これだけの巨大なインパクトをもつ中国市場と距離を置くというのは、将来的に地域経済の活力を維持、
または取り戻す上においても大きなチャンス、可能性を放棄することとなる。
合理的な理由なく、昔のままのイメージに引っ張られて
中国人旅行者の受け入れに消極的なのであれば、残念だしもったいない。
国籍で一律に判断せず、一人ひとりのお客さまとして向き合い、
そのうえで自分たちの地域との相性を考えていくことを大事にしていただければと思う。
JNTOは、上海を中心とした華東地域(南京・杭州等)を担当する上海事務所の他に、
北京周辺に加え華北・西北地域(大連・西安等)まで広範囲にカバーする北京事務所、
香港便を利用した地方誘客も含めさらなる訪日促進が期待できる華南地域(広州・深圳等)を担当する広州事務所、
経済成長が続き市場拡大のポテンシャルも大きい内陸・西南地域(成都・重慶等)を担当する成都事務所と
中国大陸に4事務所を設置して巨大な中国市場に向き合っている。
皆さまのニーズに合わせて、エリア別のきめ細かい対応もできるので、
大いにJNTOの中国事務所を活用してもらえると幸いだ。
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▼前編はこちら
https://jrc.jalan.net/research/6411/