「香りづくり」から「におい体験」へ 香りの可能性に挑む新時代の調香師
世界にはスタープレーヤーもいるものの、日本では表に出ることの少ない調香師という仕事。 長年専門家として働いてきた調香師が、香り、においをめぐる現状と可能性を語る。
略歴
1970年千葉県生まれ。実家の化粧品店で香水に触れて育つ。大手入浴剤メーカー時代には140以上の製品の香りを世に出し、その後起業。著書『嗅ぎトレ』(KADOKAWA刊)では香りを活用した健康法の提案も。
「日頃から『におい』に慣れることで 人間として強くなれるのでは? そんなふうに香りの知識を生かして 価値を生み出す仕事がしたい」
においを体験することは人間としての強さに通じる
調香師は、原料となる香りの成分をさまざまに組み合わせて一つの香りをつくる。たとえば荘司氏が長年手掛けてきた入浴剤の香りは、実際に温泉を訪ね、そのさまざまな要素――周囲の木々や水、湯気のこもった感じなどを整理し、複数の成分を使って一つの香りとして表現する。いわば「香りで絵を描く」、あるいは「スパイスからカレーを作る」ような仕事だ。
そうした話を聞いていると、普段意識していない香りの特性に気付かされる。その一つが「形として残らない」こと。つくられた香りは開封したそばから変化してしまうものであり、まさに一期一会のものだ。そして、映像や音声と異なり、デジタル化ができないこと。「予め特定の香りを仕込んでおき、遠隔操作で流すことはできますが、リアルタイムに香りを調香して流す伝送技術はありません」
改めて実感するのは、「におい」とは、リアルに体験する以外に感じる方法がないということだ。ところが日本では、においの体験機会が著しく減っていて、そのことが大きな問題をはらんでいると荘司氏は指摘する。
「海外に行くとどこにでもにおいがあるのを感じます。たとえばフランスなどは街も古いから下水のにおいが漂っていたりして案外臭いですし、アジア各国も食べ物や動物などいろんなにおいがします。それと比べると日本はにおいを避けすぎている。しかし、人間は本来におうものであり、においを否定することは自己否定にもなりかねません」
そういう感覚のまま、病気で動けなくなるなどして自分が「臭く」なると、それが受け入れられず心を病んでしまったりする。そうならない強さを身につけるには、日頃から「臭い」も含めた多様なにおいを体験し、慣れておく必要があると荘司氏は説く。
そんな思いから取り組んでいるのが、においを体験する場づくりだ。その一例が香料入りのペンで絵を描くワークショップ。子どもたちにとっては、においの経験を増やしつつにおいに興味を持つきっかけとなり、高齢者にとっては、衰えてゆく嗅覚を刺激する機会になる。「嗅覚が衰えると食べなくなり、体が弱ってしまう。また、嗅覚の衰えは認知症にもつながると言われています。においを体験することでそれを防ぐこともできるのです」
目に見えないからできるにおいならではの楽しみ方

「古い家のにおいや酒蔵のにおい、あるいは海から漂う潮の香りや花の香りなど……旅先のにおいはいずれも記憶に残り、風景を思い出すきっかけにもなりますよね」
人はにおいに慣れてしまうので、暮らしている人は気づきにくいが、土地には必ずにおいがある。「たとえば、においのする場所に案内し、においの出どころがどこかを見つけてもらったり、旅の最後ににおいを嗅いでもらって、そのにおいがどこにあったかを思い出してもらうのも面白そうですよね。形がない、目に見えないことは香りの弱点ですが、だからこそできることがあると思います」
そのときのにおいは、「よいにおい」でなくてもよい。むしろ「臭い」においにこそ面白さがあるのではないかと荘司氏は考えている。「人は不思議なことに、『それ、臭いですよ!』と言われるとつい嗅いで確かめてしまいますよね(笑)。ガソリンスタンドの刺激臭が好きという人は案外多いですし、香水を調合するときにも敢えてムスク(麝香)のような『臭い』成分を入れることで魅力的な香りができたりもします。『臭い』ことには、クセになる何かがあるのでしょう」
「臭い」といえばネガティブに聞こえるが、それはつまり「においがする」ということであり、ポジティブな感情も呼び起こす。荘司氏も、幼い頃に親しんだ昔の東京・アメ横の商店街を「当時は臭かった」と振り返るが、それは同時に懐かしいにおいでもあるのだ。
そうだとしたら、我々が「臭い」と分類しがちなにおいも、訪れる人に強い印象を残すものになり得るのかもしれない。
「観光になるようなものは何もないと感じる場所でも、香りの体験はできます。工場のにおいでもいいし、肥やしのにおいでもいい、『におうスポットマップ』を作ってツアーにするのも面白いのではないかと、実は考えているんですよ」
バラの香りの成分を含むペン。この4色で塗るとさまざまなタイプのバラの香りがつくれる
色とともに香りを楽しめる『アロマスティロ』で特許を取得
荘司氏が代表を務める『株式会社アロマオルファクトリー』では、「香りで新たな価値を生み出す」ためのさまざまなアイデアを世に問うている。特許取得済みの香りマーカーペン『アロマスティロ』は、インクに香りを高含有し、塗ったあとにも香りが持続。キャップを閉めれば香りが漏れることもなく、気軽に持ち歩くことができ、塗ることで調香を体験したり、透明タイプをマスクに塗ってリフレッシュするなど、さまざまに活用ができる。ノベルティとして、またオリジナルの香りづくりなど、地域や企業とのタイアップについても意欲的だ。
