映画作家

河瀨直美

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祈り、記憶、僅かずつの変化… 見えないものを映像で表現する

日本を代表する映画作家は、なぜ地元・奈良を活動の場に選んだのか? アーティストの眼差しが捉える、地域の「見えない価値」とその描き方。

略歴

奈良県生まれ。『萌の朱雀』のカンヌ映画祭カメラドール受賞以来、世界各国の映画祭での受賞多数。2025年大阪・関西万博のプロデューサー兼シニアアドバイザー、ユネスコ親善大使

「地域には、表面的に見えているもの だけでは捉えられない価値があります。 奈良の街が日常的に感じている 先人への感謝や祈りもその一つです。」

先人が地域で築いてきた「見えないもの」を捉える

映画を撮るときには、常に「見えないものを存在させる」ことを意識している。それは、山村の家族の生活を淡々と追いながら、その生活を少しずつ侵食する変化を描き出した劇場映画デビュー作、『萌の朱雀』の頃から変わらない。
「表面的に見えているものだけを100%と認識するのは危険なこと。本当はその裏側に何かがあったり、横から見たら違う見え方をしたりするものです」
そうした感覚は、河瀨氏の故郷であり、活動拠点である奈良の「気配」と深くつながっている。
「奈良には、何十万人が出逢いに来る仏像のように、誰が見ても素晴らしいものがそこかしこにあります。ただ、住んでいる私たちはそれらを祈りの対象としていて、目に見えないものの存在を確かに感じながら生きている。自分たちのおじいちゃん、おばあちゃん、ご先祖様とつながってきた人たちへの感謝がまずあって『神さん』『仏さん』がいて、地域を守ってくれている。だから、『ここへ帰ってきたら誰かが守ってくれる』という安心感があります。祭事にしても、東大寺のお水取りのような行事が1300年近く絶えることなく続いているのは、やはり前の時代の人へのリスペクトからだと思うんです」

「あと一歩の情熱」が「できない」状況を突破する

河瀨氏が活動拠点を奈良に置いたのは、高齢の養母の介護や育児のためでもあった。
「介護と育児が重なって時間もなくて、それでも創りたくて完成させたのが『殯の森』でした」
東京のプロデューサーが予算やスケジュールを組んでも合わせられないから、自らプロデューサーも務め、限られた条件の範囲でスタッフを口説いた。「介護してて子育てもあるからナイトシーンは入れられない」といったことも率直に伝え、それに対して制作チームも「介護と子育てをしている女性が映画を撮れない世界にしたくない」とサポートしてくれた。そうして生まれた作品がカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞したことは、「作品を評価されたというよりは、そこまで歩んできた自分を褒めてもらったみたいだった」と振り返る。「状況に甘んじて『できない』時間を過ごすよりは、少しでも可能性を見つけて突破していきたい。そういう強さが生まれた経験だったと思います」
突破の原動力は「あと一歩の情熱」。さらに、情熱を支えてくれる仲間が見つかれば、それは自分だけの情熱ではなくなり、ものごとが動き出す。
「そのために、一人ひとりが『あと一歩の情熱』を持つことが大事なんじゃないかと思うんですよね」

地域で「光っている人」に出会える旅をしたい

こうしたことを考えるとき、河瀨氏が思い出すのは、『萌の朱雀』の撮影に協力してくれた「山のおっちゃん」の「少し堪えてくれ、俺に免じて」という言葉だ。
「『俺に免じて』というのは、その人が責任を負える許容範囲を持っているということ。一人ひとりにそういう許容範囲があれば、『ここは任せて』『そのかわりそっちはやって』とコミュニケーションが生まれると思うのです」
昔はよく耳にした「俺に免じて」という言葉。ビジネスライクな役割分担だけでは解決できないことも「許容範囲」で可能性が生まれる。「村社会」と言えばネガティブに聞こえるが、代々常識が納得され共有されている様はある種の日本らしさでもある。
「いわゆる『おもてなし』にしても、日本人は少し人の領域に介入して丁寧にもてなすのが得意な文化の中で生きていると思うんですね。最近はそれが面倒だというのであまり立ち入らなくなってきていますが、ちょっと寂しいとも思う。たとえば旅先でご飯を食べたとき、美味しいものはもちろんですが、私にはそれ以上に、運んできた人の温かさが印象に残ります」
忘れられないのは「またこの人に会いたい」と思えるような旅。その人が街を誇りに思っていれば余計にもう一度会いたいと思う。
「観光は光を観ると書くけれど、私は『光ってる人』に出逢いたい。地域としても、住民の皆さんが光っていることを第一に考えて、いろんな取り組みをしてくれたらいいなと思います」

 

©Naomi Kawase/SUO、All Rights Reserved
3棟のうちの一つは、奈良県十津川村・旧折立中学校(2012年閉校)の校舎を移築したもの。木々を見ながら休憩できる「森の集会所」として活用される

2025年大阪・関西万博でパビリオンをプロデュース

河瀨氏がテーマ事業プロデューサーを務める「Dialogue Theater ―いのちのあかし―」は、廃校となった木造校舎を活用したパビリオン。「記憶を移築する」というコンセプトのもと、校舎に這っていた蔦などもすべて掘り上げて移植する。「エントランス」「対話シアター」「森の集会所」の3棟で構成され、対話シアターでは、前方のスクリーンに映る人と会場にいる人が「一期一会の対話をする」様子を映画のように鑑賞する。

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