人類学的視点で対話を重ね 「場所」を表現する建築の巨匠
世界のあらゆる地域で活動する建築家が、今、観光と建築について思うこととは? 隈氏が「場所」に向ける眼差しは、地域でまちづくりを考える人へのエールでもある。
略歴
1954年神奈川県生まれ。1990年隈研吾建築都市設計事務所設立。自然と技術と人間の新しい関係を切り開く建築を提案し、現在も40を超える国々でプロジェクトを手掛ける。近著に『日本の建築』(岩波新書)ほか。
「地域を知るにはまず『歩く』こと。 地形の中に身体を置くことが重要で、 実際に歩くと傾斜や風の吹き方など、 身体で感じることがあるものです。」
狩猟採集的価値観の復権で高まる観光の社会的価値
観光について隈氏が今思うのは「観光の社会的価値はこれからもっと高くなる」ということ。観光はもはや「余暇」活動ではなく、むしろ人間の中心的な活動になっていくのではないか、という。
「人類は20万年の歴史の中で、食べ物が手に入りやすい生活を求めて定住してきましたが、狩猟採集をしていた期間のほうが長く、定住は実はストレスなのではないでしょうか。ITという道具を手に入れ、仕事も移動しながらできるようになった今、人は再び狩猟採集的生活に向かうこともできます。観光は、食べたり飲んだりしながら好奇心のままに動き回るという意味でとても狩猟採集的な活動であり、これをホモサピエンスの本質的な活動と捉え直したら面白いと思っています」
同時に建築についても「非定住のための建築」が主役の時代が来ると考える。ホテルや身軽に移り住めるシェアハウスはその好例。そうした建築は「場所と結びつき、場所を味わうための道具」であり、つくるに当たっては名所旧跡などの「観光地」だけでなく、地政学を含めた土地のコンテクストへの理解が求められる。とりわけ欠かせないのが「人」への理解だ。
「そこにいる人の生業は何か、家族構成はどうなのか……地域の構造はそこにいる『人』の中に埋め込まれています。建築家は本来、そうした文化人類的、民俗学的なところまで降りていかないといけない仕事なんですね」
「地方の賢人」の力を活かし市民の声を活かす

「ある種の調査を経て、客観的な視点で自地域を見たうえで誇りに思える人は強い。僕もいろんな地域で仕事をしていますが、そういう『地方の賢人』は各所にいます。とくに小規模な自治体では、一人の人が担う範囲が広いせいか、財政的なリアリティも持ちながらクリエイティブな人がいる印象がある。そういう人たちとチームで取り組む仕事は面白いものです」
組織が大きくなると同じようにはできないことも多いが、それでも、従来の仕組みに風穴を開け、面白いことを実現する方法はある。その一つが、公聴会などの場を通じて市民の力を借りることだ。
「ヨーロッパでは、建設に向けた市民説明会で、市民が参加するワークショップを行い、それが新たな試みにつながる例をよく見ます」
ワークショップの内容は、市民が「新しい建物はこうしてほしい」と自由に意見を出すなどシンプルなもの。しかし「市民が言っている」という事実の持つ力は大きい。
まちづくりを考えるための「対話」こそが面白い
大小さまざまなプロジェクトを手掛ける隈氏だが、仕事を選ぶ基準は「繰り返しにならない」こと。
「『こんな話、来たことない!』という依頼があると、どんなに遠くても出かけて行きたくなります」
今、関心を寄せるのは「まちのスケールで考える」仕事だ。それも「今あるものを活かし、上書きするようなまちづくり」に惹かれる。「上書きには人との対話、歴史との対話など多くの対話が必要で、それが面白い」からだ。
場所を知るためには外を歩く重要性も説く。自身も現場に赴けば、見て回るだけで1万5000歩ほど歩くことも珍しくない。
「1つや2つの地点で写真を撮っても、二次元的な理解しかできません。大事なのは地形の中に身体を置いてみること。実際に歩くと、傾斜や風の吹き方など、体で感じることがある。地域の人が自分の地域を知るためにも、やはり『歩く』ことを勧めたいですね」
こうした「場所との対話」は、隈氏が仕事をする上で昔から変わらない軸のようなもの。作家性で表現するのではなく、対話によって表現するからこそ、場所が変われば全く違う作品が生まれる。「年を取るとリスペクトしていただくことも増えますが、対話は遠慮なくしてもらえるように年を取ることも大事ですね(笑)」
もとは軍の格納庫だった施設がビジターセンターに生まれ変わる
Butrint National Park Visitor Center
(©Brick Visuals)
対称的な2つの個性を表現するアルバニアの国家プロジェクト
現在隈氏が手掛けている仕事に、アルバニアの国立公園内にビジターセンターを造るプロジェクトがある。アルバニアは東欧の中でも開発に後れを取ったが、首相のリーダーシップのもとで急激に変化している国だ。その土地の個性とは「かつて地中海文化のコアだったことによる原型としての地中海文化」と「共産主義時代の名残」。対称的な2つの個性を小国ならではの自由さで形にしていく過程は、最もやりがいを感じることの一つだ。
