株式会社集英社週刊ヤングジャンプ編集部副編集長 『ゴールデンカムイ』 担当編集

大熊八甲

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作者と作品の魅力を信じ切り 意志を持って世に出す伴走者

エンターテインメントでありつつも歴史、狩猟、アイヌ文化を正面から描き、高い評価を得た 冒険活劇マンガ『ゴールデンカムイ』。異色の大ヒット作を世に出した編集者に、作品との向き合い方を聞く。

略歴

1984年埼玉県生まれ。集英社入社以来、週刊ヤングジャンプ編集部に所属し、連載開始時から『ゴールデンカムイ』の編集者を務める。好きな作中キャラクターは月島基。「陰で支える役回りが自分に重なるのかもしれません」

「たとえ前例がなくても躊躇せず、 作者の「面白い」に迷わずに進む。 そのことで世の中に新しいものを示し 評価を得ることができたと思います。」

マンガでアイヌを正確に描くという前例のない挑戦

マンガというフォーマットの中で、歴史、冒険、狩猟、アイヌ文化を真摯に描く――それは「誰も歩いたことがない地平を歩く」道のりだったと大熊氏は振り返る。だからこそ最初に、「前例がなくても躊躇せず、作者の野田サトルさんが面白いと思うことについて迷わずに伴走する」と決めた。
たとえば、アイヌ語の名前の表記について。企画段階で北海道アイヌ協会に相談し、紹介された監修者に「名前に小文字を入れては」とアドバイスを受けたことで、主要キャラクターである少女の名前は「アシリパ」になった。
「文字の指定に工数が増えますし、多くの読者さんは口に出しにくくマーケティング的にも厳しい。でも迷うことはありませんでした」
賛否が分かれそうな描写であっても「この表現はやめよう」とは決して考えず、「この表現を通すためにどういうリスクがあるか」を理解しようと努めた。「常に想定問答を用意し、話し合って共有していました。それを週刊でやるのでなかなかシビれましたけどね(笑)。掲載誌である週刊ヤングジャンプは、常に意欲的に、世の中に新しいものを提示することを目指してきた雑誌で、そうした文化のおかげでできたことかもしれません」
そこまでして世に問いたかった面白さとは何か?大熊氏にとってそれは「他者への敬意」だという。
作中では主人公の青年、杉元が少女アシリパを「さん」付けで呼ぶ。大人の男から少女への呼びかけとしてはあまり例のない表現ではと、編集会議でも意見は出た。「杉元にとってアシリパは少女でありながら狩猟を教えてくれる先輩でもあり、『アシリパさん』という呼び方には敬意が表れています。そしてそうした面が全てのキャラクターにある。そこに表れた作者、野田さんの素晴らしさを信じ切ったことが、大きな評価になったと感じています」

よいものをより魅力的に伝える「拡声器」となる

マンガ編集者は、ときに作家をモチベートしたり、アイデアを提供したりもするが、「『ゴールデンカムイ』は100%作者の力によるもの」と大熊氏。そういう場合の編集者の仕事は「拡声器になること」だという。作品の魅力を最大限に伝える役回りだ。
作品への「入り口」をできるだけ多く作るため、スケジュールに細かく気を配るのもその一つ。単行本の1巻と2巻を連続で刊行したり、賞を取ったらすぐ帯を巻けるよう準備したりもした。
キャッチコピーで「読み方」を導くことも意識した。
「読んで感じる面白さは人によって異なってよいのですが、『こういう読み方をすると面白いよ』と伝えることも重要なんですね。そのキャッチコピーも、実は途中で少し変えたりして、熱心な読者が気づいてSNSで反応してくれたことも。そういうコミュニケーションも大事だったと思っています」
紙媒体の発行日、アニメの解禁日、イベントの開催日など、複雑に絡みあったスケジュールを把握し、備える。大半は不要になる想定問答も必ず用意する。そうやって「面倒なことをちゃんとやる」というスイッチは常に入れてある。「僕自身は常に最悪を考えているようなネガティブな人間で、こんなにいい景色を見せてもらっているのに、チームの和を乱すような悲しい顔をしてたりするんですけど、逆に言えば常にどうにかなるよう対応策を考え続けているということでもあって、それって一周回ってスーパーポジティブなんじゃないかと思うんです!(笑)」

ヒット作の次の作品という新たなチャレンジ

長期連載やヒット作の次の作品は基本的に向かい風が吹くという。7月に連載が始まった野田氏の新作は、アイスホッケーを題材にしたスポーツマンガ。大熊氏は「全国的に見ると競技に馴染みのない人も多く、読者さんとの接点が難しい作品」としながらも、新たな挑戦に意欲を見せる。
「作品の舞台は苫小牧ですが、東北や関東のアイスホッケーチームも出てきます。『地域』はそこに根付いた歴史や文化も含めて尊いもので、地域が自信を持つのは素晴らしいこと。新しい作品でも、北海道に限らず、幅広く地域貢献していけるといいなと思っています」

「面白いと思ったら、それをどう伝えるかを一緒に考える」2人のタッグは本作でも続く

野田氏×大熊氏の新作
『ドッグスレッド』が連載開始

明治末期の北海道全土と樺太を舞台に描かれた冒険活劇、『ゴールデンカムイ』は2022年4月に完結し、最終章のアニメ化も発表済み。これに続く野田サトル氏の新作は、同じく北海道の苫小牧を舞台にしたアイスホッケーの物語だ。2011年から2012年にかけて発表された野田氏の作品、『スピナマラダ!』を、「不完全なものをこの世に残しておきたくなかった」という理由で作者自身がリメイクするということでも話題になっている。7月に週刊ヤングジャンプで連載がスタート。前作に続き大熊氏が編集を担当している。

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