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【JNTO×JRCディスカッション】「中東」は高付加価値旅行市場のブルーオーシャン!? 今すぐ地域でできるファーストステップ

中東地域市場は2025年9月の訪日外客数が単月として過去最高を更新し、
25年1月~9月の累計では前年同期比6割超と全市場でもトップクラス(※1)。
訪日インバウンド市場で急速に存在感を増していますが、
中東地域市場に注力する自治体・DMOは多くないのが現状です(※2)。
訪日「人数」の面では中国や韓国に比べると少なく、受け入れ側にとっては馴染みが薄いものの、
実は中東地域は高付加価値旅行市場において
「最後のブルーオーシャン」と言えるほどの大きな可能性を秘めています。
その秘めたるポテンシャルと注力すべき理由、地域が今すぐできる受け入れ策について、
JNTOドバイ事務所長・小林 大祐さんにお話をうかがいました。

※1 出典:JNTO「訪日外客数(2025年9月推計値)」
https://www.jnto.go.jp/statistics/data/_files/20251015_1615-1.pdf
※2 出典:JRC「インバウンド市場の注力ターゲット調査2025」
https://jrc.jalan.net/wp-content/uploads/2025/04/report-inboundtarget2025.pdf

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左/ゲスト:
日本政府観光局(JNTO) ドバイ事務所 所長 小林 大祐さん
…シンガポール事務所上席次長、JNTO本部の海外プロモーション部欧米豪・中東G
欧州・中東市場統括など歴任。2021年11月に開設されたJNTO初となる中東地域の
拠点・ドバイ事務所には立ち上げ準備から携わり、2022年7月より現職

右/聞き手:
じゃらんリサーチセンター(JRC) 研究員 松本 百加里

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Contents
1■中東地域市場に秘められたポテンシャル
訪日外客数は伸び率トップクラス、富裕層が多く一人あたり旅行消費単価は約160万円…。
中東地域は訪日インバウンド市場の重点注力ターゲットにすべき存在である理由を解説。

2■ターゲット像に合致した実践的アプローチ
彼らはどんな観光資源や滞在環境を好むのか?ハラル対応をはじめハードルが高い
イメージだが、彼らの実像を知ると意外と難しくないことが明らかに。

3■今すぐ地域でできるファーストステップ
JNTOが北海道と連携して行ったテストマーケティングの事例とともに、各地域の
すでにある体験や英語対応をベースに、すぐ実践できる誘客プロモーション策を紹介。

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1■中東地域市場に秘められたポテンシャル 
「海外旅行での消費意欲が高い富裕層」の人口比率が高い中東地域は
訪日インバウンド市場の重点注力ターゲットとするべき存在

◇松本研究員:
JRCの「インバウンド市場の注力ターゲット調査」では、2023年調査にて中東地域が
「今後狙いたい市場」として大きな注目を集める結果となったものの、
2025年調査の「狙っている市場」としては21位止まり。
潜在的な期待値の割に実行に移されていない、ギャップの要因として考えられることは?

◆小林所長:
「狙っている市場」の選定理由としては、「自地域への来訪実績が多いから」
「訪日旅行者数が多い市場だから」を挙げた地域が多い様子。
これは「今すでに多い市場をさらに増やす=10を100にする」戦略と言える。
しかし将来的な拡大性・持続性の確保や受け入れ市場の多様化の観点からは、
「今は取り込めていないが今後の成長が見込める・今後の取り込みを拡大すべき市場を
新規開拓する=0~1を10にする」ことも並行して行うことも重要だろう。

◇松本研究員:
将来を見据えて注力ターゲットとして中東地域に着目するべき背景を知るため、
彼らの海外旅行の現状や旅行スタイルについて整理したい。

◆小林所長:
まずJNTOでは訪日プロモーションにおける中東地域の重点対象国として、
GCC(湾岸協力理事会)加盟6カ国と、トルコ、イスラエルを設定している。
ここからは主にGCC6カ国を対象としてお話をしていきたい。

GCCの国々は娯楽が少なく国内旅行先も限られることから、旅行=海外旅行が定番。
人口における富裕層率が極めて高く、金銭的・時間的なゆとりがあるため
年に2~3回ほど気軽に海外旅行をしている。加えて、高付加価値旅行者を対象にした調査では
一人あたりの平均消費単価は約160万円と世界3位であり(※3)、
彼らは親族単位で家族旅行をすることが多いという点も特徴。
つまり10人グループの家族旅行なら、1回の旅で合計1000万円を消費することも珍しくない。

「富裕層が多い、海外旅行慣れしている、消費額が高い」という三拍子が揃っており、
ここまで状況が整ったインバウンド誘致対象市場は非常にまれ。
中東地域はインバウンド市場の「最後のブルーオーシャン」と言える存在だ。

▽資料:GCC6カ国(アラブ首長国連邦、オマーン、カタール、クウェート、サウジアラビア、バーレーン)の特徴


※3 出典:JNTO「2024年度高付加価値旅行市場規模調査」。
着地消費額が一人1回あたり100万円以上の高付加価値旅行者に調査

◆小林所長:
また、JNTOの2023年調査では、GCC6カ国が「今後行きたい旅行先」の1位は日本(※4)。
実際にGCCの国々からの訪日旅行者は、JNTOが中東地域向けの取り組みを開始した2018年と比べ、
2024年は2倍超に増加。また、2025年1月~9月の中東地域(GCC6カ国+イスラエル、トルコ)
からの訪日外客数は前年同期比で6割超の伸び率となっている。
一方で日本においてGCC6カ国の誘客はほぼ手つかずであり、
極めて大きなポテンシャルを有する市場と言える。

※4 出典:JNTO「VJ重点市場基礎調査(2023年)」

▽資料:中東地域市場における訪日旅行の状況



◇松本研究員:
中東地域の人々は日本のどこに魅力を感じてくれているのか。文化の違いも大きいと思うが…?

◆小林所長:
彼らは親日家が多いうえ、近年は日本ブームでもある。親子2世代にわたって日本のアニメ・まんがに
親しんで育ったことや、日本製の自動車や電化製品に対する好意的印象がベースにあるためだろう。
また近年の中東地域の国々は、アラブの独自文化を残しつつ産業多角化を進めることを目指している。
戦後に高度成長・近代化を遂げながら伝統文化を守っている日本は、彼らが目指す姿であって
ある種のリスペクトを日本に抱いてくれている面もある。
家族のきずなを大事にする姿勢や目上を敬う精神など、日本に精神的親和性を感じる方も多いようだ。


2■ターゲット像に合致した実践的アプローチ 
ハラル対応やアラビア語…、中東地域市場の受け入れは
ハードルが高いイメージだが実際は「完璧を目指さなくてもOK」

◇松本研究員:
彼らのニーズと日本の観光資源はマッチしているだろうか。
受け入れ側としては、ハラル対応に課題感がある。

◆小林所長:
JNTOが運営するSNSの投稿コンテンツに対する反応を分析すると、
断トツで注目度が高いのは緑豊かな自然に関するもの。
中東地域は砂漠気候なので色鮮やかな自然に惹かれる傾向が強く、
現状ではスイス・アルプスの山岳コテージでゆっくりと過ごす海外旅行などが人気だ。
日本ならではの文化にも関心が高い他、家族で寛げるラグジュアリーな滞在環境は基本。
「色鮮やかな自然環境×日本固有の伝統文化×ラグジュアリーな滞在」が
切り口の一つとなるだろう。

宿泊先として外資系ブランドホテルが人気だが、日本らしい旅館に対するニーズも実はある。
高いサービスや広い客室を提供できる高級旅館は彼らにマッチするだろう。
温泉に対する興味もあるが、プライバシーを重視するため大浴場よりも客室露天風呂が求められる。

ハラル対応については個人差が大きい側面もあるが、厳格な対応を求める人は
そもそも旅先としてイスラム圏を選ぶ傾向が強い。
日本はイスラム圏ではないと知ったうえで訪れるため、
自国と同レベルの完璧なハラル対応までは期待しない方も多いと聞く。
豚由来の食材とアルコールの除外は必須だが、あとは使用食材がわかる状態にして
本人がメニューを選べるようにする。完璧を目指さず、まずはこの基本をクリアするのが第一歩

▽JNTOがまとめた中東地域市場のターゲット別戦略も要チェック!
https://www.jnto.go.jp/projects/overseas-promotion/marketing-strategy/middleeast.html

◇松本研究員:
訪日旅行の滞在先として人気のエリアは?地方部にも誘客のチャンスはあるだろうか。

◆小林所長:
現状では初訪日の人が多いため、まずはいわゆるゴールデンルートを回ることが多い様子。
しかし中東地域の人は気に入った旅先を何度も再訪する傾向があり、日本も気に入ったら再訪し、
その際は1回目とは異なる地域を訪れるだろう。また、1回目は家族と、2回目は友達と、
など同行者も変化する。若い世代は柔軟に旅先で行動するため、
その観点でも再訪時は地方部にとってチャンスである。

◇松本研究員:
彼らは1回の滞在期間が長いため、初訪問でも地方部に立ち寄ってもらう可能性もありそうだ。

◆小林所長:
確かに、ゴールデンルートから一歩足を延ばして訪問しやすい地方部を訴求することも一案
JNTOとしてもそうした取り組みを先行的に進めている。
今年開催された大阪・関西万博をフックに、大阪周辺の地方部をPRする取り組みを行ったところ、
現地旅行会社が周辺地域を含む旅程をカスタマーに提案したという話も聞こえている。

◇松本研究員:
自然環境に興味がある面からいうと、受け入れ側はガイドの整備も必要だろうか。
言語もアラビア語対応が必要だと思うとハードルに感じる。

◆小林所長:
彼らの公用語はアラビア語ではあるが、英語を話せる人も多いため基本的には英語対応で問題ない
観光ガイドについては、欧米の旅行者のように歴史や文化を深掘りして知りたいというニーズよりも
比較的ライトな興味関心を持った人が多い印象。そのためガイドの整備は必須ではない。
どちらかというと彼らの生活スタイルとして、滞在中にフレキシブルにリクエストに対応してくれる、
バトラーのような存在がいると喜ばれる面はあるかもしれない。

▽資料:中東地域市場の受け入れ整備に向けた実践的アプローチ



3■今すぐ地域でできるファーストステップ 
まずは自地域の認知度向上を目指すことから!
プロモーション素材は欧米豪富裕層向けからの横展開が可能

◇松本研究員:
JNTOとして中東地域市場の誘客に向けた取り組みを行っている事例をご紹介いただきたい。

◆小林所長:
JNTOでは中東地域に向けた取り組みを2018年より開始した。まずは
BtoCプロモーションとしてパンフレットやSNS、ウェブを通じた情報発信や
リアルイベントなどで日本の認知度向上を図るとともに、
BtoBプロモーションとしては旅行博出展や現地旅行会社へのセールスコール、
訪日セミナーなどを通して現地関係者とのネットワーク構築、コネクション形成を進めてきた。

今年度は北海道と連携したディスティネーションキャンペーンを展開。
これは北海道にとっては閑散期にあたるグリーンシーズンの誘客を狙ったもの。
中東地域の富裕層の間では欧州のグリーンネイチャーを楽しむ避暑旅行の人気が高いため、
こうした旅行者を夏の北海道へと呼び込もうという考えだ。

実施内容としては、札幌・ニセコ・阿寒の3地域に富裕層インフルエンサーを招請。
ニセコの自然に飛び込むジップラインと、阿寒の森や山のノルディックウォーキングは、
欧州とはまた違った神秘的な自然景観、大自然への没入感に感動していただけたようだ。
札幌ではショッピングやナイトライフ体験も紹介し、
家族の各世代が楽しめるコンテンツが揃っていることを訴求した。
宿泊先は地元資本のハイクラス旅館の協力を得て、豚・アルコール抜きという
最低限のハラル対応を基本としたが高評価を得ることができ
地方部の旅館においても満足度の高い滞在が実現可能だと確認できた。

この北海道キャンペーンではSNSでの道内コンテンツの発信、
インフルエンサーが旅する様子を撮影した動画広告、インフルエンサーのフォロワーを
招いた北海道をテーマとしたリアルイベントをあわせて実施。
道内のコンテンツ提案や関連事業者とのやりとり、取材対応は受け入れ地域に協力いただくなど、
地域の皆さんと連携して取り組んでいる。

▽JNTOが中東地域市場向けに運用しているInstagramはこちら
https://www.instagram.com/visitjapanme/


◇松本研究員:
桜や紅葉、雪などが日本の観光資源として人気のイメージがあるが、
緑豊かなグリーンシーズンの景観もウリになるならばマッチする地域はさらに多くありそうだ。
また、北海道のように、国内旅行者の閑散期にインバウンドを誘客できると理想的。
中東地域からの訪日旅行に季節変動はあるのだろうか?

◆小林所長:
現状は3月4月に山があり、夏場は少し減少、秋にまた盛り上がる傾向。
夏に減少するのは「日本の夏は暑い」というイメージが要因だと考えられるが、
子どもの学校が休暇になる夏は中東地域でも家族旅行するのが定番。
北海道のように「避暑地としての日本」を訴求できると誘客しやすいだろう。

訪日に限らない中東の旅行シーズンで言うと、時期を問わず年間を通じて旅行している。
ラマダン期間は除くが、時間とお金に余裕のある富裕層が多いため、
行きたい時期に行きたい国へ行くのが彼らの旅行スタイルだ。
そのため各地域が季節ごとの魅力をうまく情報発信することで、
戦略的な季節分散、閑散期のテコ入れを図ることも可能である。

◇松本研究員:
これから中東地域市場の誘客を目指す地域が、まず取り組めることは?

◆小林所長:
ゴールデンルート以外は、地域ディスティネーションとしての認知がほぼゼロの状態だ。
中東地域の人々に、自地域ならではの観光体験を認知してもらうことが最初のステップ。
すでに欧米豪の富裕層向け施策を行っている地域ならば、
それを横展開することから始めるといいだろう。
言語は英語のままでよいので、まずは豚肉やお酒、肌の露出が多い写真を除外する
といった微調整だけで対応可能だ。

◇松本研究員:
手持ちの素材を活用できて、英語での発信でも構わないというのは始めやすい。
ただ、中東地域に強いランドオペレーターやDMCとのつながりがない自治体も少なくない。
自地域の情報を発信した後に中東地域の反応を探ったり、
現地旅行会社といったBtoBのアプローチに向けた関係性構築は難しい面もありそうだ。

◆小林所長:
先ほどお話しした北海道キャンペーンをはじめ、JNTOドバイ事務所では地域と連携した
試行的な地域プロモーションを展開しているため、私たちJNTOを活用していただくのも一つの手

JNTOのSNSアカウントでは全国各地のコンテンツを幅広く投稿している。
皆さんの地域のコンテンツに対し現地消費者がどのような反応をしているか、
中東市場向けInstagramアカウント(https://www.instagram.com/visitjapanme/)を
まずチェックしてみていただくこともおすすめだ。
中東地域の人々はリアルな人間関係やクチコミを重視する傾向があるため、
JNTOでもクローズドな富裕層コミュニティに向けてプロモーションする
リアルイベントを開催する計画もある。
BtoBの取り組みに向けても旅行博やセミナーなどの企画を今後も予定しており、
そうした機会をうまく活用して現地旅行会社との関係性を構築していただければと思う。
JNTOドバイ事務所は地域の皆さんの取り組みについて、これからも全力で連携・支援していきたい。

▽資料:中東地域市場のインバウンド誘客に向けて地域でできるファーストステップ


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皆さま、ディスカッション内容はいかがでしたでしょうか。
松本研究員が毎年実施している、インバウンドマーケティング調査内容も参考にしてください。

▼インバウンド市場の注力ターゲット調査
https://jrc.jalan.net/surveys/inbound_target/

▼インバウンド都道府県ポジショニング調査
https://jrc.jalan.net/surveys/inbound-positioning/

▼インバウンド旅行者の主要周遊ルート調査
https://jrc.jalan.net/surveys/inbound-route/

研究プロジェクト一覧