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高付加価値旅行マーケットを紐解く!インバウンド研究&事例を解説するオンラインセミナー<ダイジェストレポート後編>

じゃらんリサーチセンター(JRC)では2022年5月12日、
高付加価値旅行市場をテーマにしたオンラインセミナーを開催いたしました。

来たるインバウンド回復期に向けて量から質への転換を目指し、地域の高付加価値化を実現させるには?
第一部では、JRCにてインバウンド研究を担当する研究員の松本百加里が発表、
第二部では、日本政府観光局(JNTO)の蔵持京治 理事による講演、
第三部では、JRCセンター長・沢登次彦を交えたパネルディスカッションを行いました。

後編では、第三部のディスカッション内容をご紹介します。

▼前編からチェックしたい方はこちら
https://jrc.jalan.net/research/4094/

 

<後編>====================

■第三部:パネルディスカッション

「日本でポテンシャルが期待できる高付加価値旅行市場をどのように推進していくべきか?」

ファシリテーター:JRCセンター長 沢登次彦
パネリスト:日本政府観光局(JNTO)理事 蔵持京治氏、JRC研究員 松本百加里


――「ラグジュアリー旅行市場」と「高付加価値旅行市場」をどのように区別・整理している?

◇蔵持氏:

「ラグジュアリー旅行市場」と「高付加価値旅行市場」は、たとえ「一人1回の着地旅行消費額が100万円以上」と同じであっても、分けて考える必要があるだろう。

「ラグジュアリー旅行市場」のターゲットは、年間の可処分所得が20万ドル(約2,500万円)以上、といった方々。住んでいる環境も家も豪勢で、ファーストクラスやプライベートジェットで移動し、行きたいところがあれば世界のどこへでも訪れる旅行者。対象者は人数として少ないが一つの市場として存在し、消費額としてはとても大きい。

この市場の対象者は自分が住んでいる環境と同様に、それなりに上質なところに泊まりたいニーズがあり、ホテルの存在が非常に重要。そうした豪華なホテルを地域の戦略として誘致するのも、ラグジュアリー旅行市場としては視野に入ってくる。

では、そうしたタイプの宿がない地域ではどうするか検討する際、「高付加価値」という考え方が挙がってくる。高付加価値旅行市場には多様なペルソナの人がいて、彼らは「地域の本物」を求めてやって来る。地域の文化を伝える「本物」を提供することで、地域の人たちも自分たちの価値に気付いて喜ぶし、旅行者も喜ぶ。そういう体験がお互いにできるような旅行スタイルが高付加価値旅行市場にはある。「高い付加価値」を求める人にとって、宿泊は必ずしも豪華なホテルでなくてよく、地域らしい体験ができる農泊や寺泊という選択肢もあるだろう。

――ラグジュアリー旅行市場だと、ホテル建設などの大きな投資と時間がかかるかもしれない。一方で高付加価値旅行市場を狙うなら、地域性が非常に活かされる。どう価値を付加するかという工夫次第で高付加価値化はどのエリアでもできるし、それを日本に期待している市場があるだろう。

◇蔵持氏:

おっしゃる通り。ただ、高付加価値旅行市場のターゲットは旅行上級者であり、彼らは世界中を見ている。そういうなかで日本を選んでもらわなければならない。選ばれるようになる必要がある点が、この市場の難しい点ではある。

――世界から日本が選ばれるため、カスタマーにとっての高付加価値化に向けて大事なことは?

◇松本研究員:

階層で考えていくといいだろう。一番下の土台としては「その地域にしかない独自性が何か」を明確にしておくこと。先ほどの講演で例に挙げたように、秋田なら樺細工や秋田犬は「そこでしかできない体験」。地域のメッセージも折り込みながら、そこに行く理由になる体験を用意してある状態が大事だ。

土台があれば、さらにどう価値を付加するかを考えていける。たとえばプライベートな空間を用意したり、ガイドがアテンドして具体的な内容を解説したりといったことが付加価値だ。地域の独自性に高付加価値をプラスすることで、最終的に体験の価値に見合った適正価格で、高価格であり、カスタマーのニーズにマッチした商品になると考えている。

――松本研究員の講演で「高付加価値な旅行商品造成時はツアーオペレーターのアドバイスを入れる」というフローが興味深かった。地域側の考えだけでなく、ターゲットの旅行者に近い人(=ツアーオペレーター)から見たニーズを取り入れているということか?

◇松本研究員:

地域にしかないモノ・独自性はリスト化できるが、それが販売側の求めているものなのか、旅行者ニーズにマッチするのか、認知されているのかを確認するのが大事だ。地域の独自性あるものが、ターゲットに魅力的に映るのかを早い段階で確認しながら、地域ならではの商品を作り上げていくべきだと考えている。

――意見を取り入れる順番も大切だろう。地域側の想いが基点にあり、それがターゲットの求めるものなのかチューニングしていく、という流れがよいと感じた。

◇松本研究員:

順番はその通り。そして効率的に進めるためにも、講演でお伝えしたターゲットのタイプ分類を皆さまに活用していただきたい。大前提としてどういうマーケットで、どういう人たちがいるのかは研究データを見てもらいつつ、地域ならではのモノをフィッティングし、そして海外側の意見を取り入れてほしい。

――カスタマーにとっての「高付加価値」はどうすることで生まれる?

◇蔵持氏:

ガイドの存在がすごく大事。ガイドは日本人以外の方だとパッと見てわからないようなモノの価値を、海外の人たちにわかるように解説する役割を担ってくれる。その価値は地域の人たちも、実はあまり知らなかったり見落としていたりする。そうしたモノの価値を再発見することにもつながり、そういう意味でもガイドという存在は素晴らしいものだ。

その場で旅行者が疑問を持ったことに対して、その時の状況に応じてガイドがパッと答える。これはウェブサイトには担えない、人間にしかできないこと。ガイドがその場にいて話をすることは、そこでしか生まれない価値。その価値をきちんと評価して、価格に正しく反映することを非常に大切にしなくてはならない。地域の価値をしっかり伝えることを旅行商品とセットで考える姿勢が、これからの観光地として必要だと思う。

――高付加価値化の大事な要素として、必ずガイドの存在がある。そのガイドについて、現状の日本のガイドと、これからの高付加価値市場に対応するガイドのギャップ・課題は?

◇蔵持氏:

以前、観光庁でガイド関連の制度を担当していた者の意見として申し上げる。かつては通訳案内士法に則った非常に難しい試験に通った人しか、有償の外国語ガイドができなかった。それが、2018年に規制緩和したことで誰でもできるようになった。そのうえで通訳案内士の登録をした人は質の高い国家資格があり知識が豊富な人たちだとして国が認定する、という形にした前提がまずある。

従来の通訳案内士は東京に集中しており、彼らがスルーガイドとして全国を周ることが多かった。しかし規制緩和により近年は、地域にいる人でも自由にガイドをできる市場が生まれた。地域のよさを地域として伝えよう、という動きが増えている状況だ。DMOでもガイドを育成したり人脈ネットワークを構築したり、いい方向になっている。

ただし、それをどうやってツアーのパッケージに組み込み、ビジネスとして成立させるかは明確になっていない。「ガイドをする」と個人で手を上げても、市場に気付いてはもらえない。地域でガイドを付加価値としてどう打ち出していくのかが課題だろう。

――旅行パッケージにガイドがセットされているのが当たり前の市場にしていくことが、高付加価値旅行市場の活性化のためには非常に重要。そのためには旅行会社とガイドの関係性が大事になると考えてよいか。

◇蔵持氏:

そう考えている。今までの旅行会社はインバウンドが団体旅行中心だったこともあり、「添乗」をメインとして添乗員に案内・説明をさせていた。これからは、地域ごとの自然や文化の素晴らしさや、旅行者が来ることで自然が守られるといったサステナブルな観点を伝えられるようなガイドが求められる。そしてどのようにして、ガイドの人たちが地域の中で商売を持続的にできるようにしていくかという、新しいビジネスの流れをつくっていくことが必要だろう。

――高付加価値化の情報発信をする際、「地域連携が必要だ」という話が松本研究員の講演にあった。その点をもう少し聞かせてほしい。

◇松本研究員:

インバウンドの旅行者は旅行の検討期間も長く、滞在する際に接する宿泊や飲食の施設も考えたうえで旅程を組むという、とても複雑な工程になる。彼らに情報を届ける際、どの組織がどの役割でどの情報を担い、その情報をリレー形式でつなげていけるかということが求められる。

たとえば狭域エリアや民間事業者であれば、自分たちの地域・施設の情報だとか2次交通をしっかり整えておくことも必要だろう。広域であれば、各地の素晴らしい「点」の情報をルートとしてつなぐことと、つないだ状態で見せてあげることが大事になってくる。その先に日本という国としてのブランディングがあり、どういうテーマで全国をつなぐかを広域と連携して考える必要がある。

そうした役割分担と、それぞれ皆さんがどう効率的に情報を整理していくかを明確にするべきだろう。そのリレーがうまくいかないと、遠くにいる海外のカスタマーまで情報が届かず機会損失がおきてしまう。間もなく渡航制限が解除されるだろう今、情報連携を整えておくいい機会だと思う。

――各地で生まれた魅力をどれだけ連携して世界に発信するかというスピードが重要。情報発信においては、どういうツールが求められるだろう?

◇松本研究員:

ツアーオペレーターが最終的にカスタマーへ情報を提示すると考えると、ツアーオペレーターが使いやすい状態で情報を整理してあげることが必要だ。旅程を組む際はエリア単位で考えることが多いので、エリア内に何があるのかわかるよう整理するのがまず前提。そして素晴らしい体験・宿泊・飲食などの「点」をつないでいけるようにする。講演でお伝えしたような、ライブラリーを作成することが販売ツール支援としてはおすすめだ。

もう1点、デジタルで情報発信をする際は、対象がto Cかto Bかをわけて考えがちだが、意外とカスタマージャーニーはつながっていることを意識したい。ツアーオペレーターが日本の情報を調べる際、地域側のウェブサイトを見ていたり、SNSで情報収集することも実は多いものだ。

だから自分たちが情報発信しているウェブサイトなどのプラットフォームは、to Bで関係する、影響力のあるステークホルダーたちも見ているという意識を持っていただきたい。そして、彼らにも届きやすい状態で整理・運用できているかをあわせて考えることが、効率的・効果的だと思う。

――セミナー参加者の質問より、最後にもう1題。サステナブル・ツーリズム、アドベンチャーツーリズム(トラベル)の高付加価値化はどう考えていけばよいか?

◇松本研究員:

サステナブル・ツーリズムにおいて、受け入れ側ができる誘客につながることの一例を挙げる。地域で培ってきた伝統文化をどう継承してきたか、環境とどう共存しているかといったストーリーを組み立て、体験コンテンツやツアーのテーマストーリーに盛り込むこと。これにより、高付加価値化がより高まるだろう。

そして地域事業者と一緒にストーリーを作りFAMツアーを行うと、海外側の反応がよいのはもちろんのこと、事業者の人たち自身が「我々がやってきたことはこんなに価値があったのだな」と気づく。サステナブルなストーリーをうまく付与し、自分たちの行いを振り返ることで、地域側がより自分たちの価値を見直すことができるのだ。そして適正な価値を把握することにより、適正な価値で販売できる、という好循環が生まれるきっかけになると考えている。

◇蔵持氏:

アドベンチャートラベルは大きな市場であり、欧米豪を中心に非常に可能性がある。まず受け入れ側としてやらなければならないのは、「これがアドベンチャーになるんだ」というものをコンテンツとして作ること。どのようにして「地域ならでは」のものにするか、DMOや自治体、地域の皆さんで考えるのが大事だろう。

また、欧米の旅行雑誌を一度ぜひ皆さんも読んでいただければと思う。世界のアドベンチャートラベルを紹介した特集を見てみると、ラフティングやシュノーケル、スキューバダイビングにトレッキングなど、だいたいアクティビティは世界共通のものになりがちだとわかるだろう。各国が同じような体験をやっているし、たとえば体験の舞台となる「山」の差別化を図ることも難しい。

その状況で日本の皆さんの地域が選ばれるには、どうすべきかという視点をもってほしい。ニューヨークの人たちに直接アプローチするなら彼らに聞こえる場所へ出て行かなくてはいけないし、東京に泊まっていて「何をやろうか」という人に伝えるならホテルの人にプレゼンするのもいいだろう。どこにタッチポイント置くかという戦略・戦術を考える必要がある。

アドベンチャートラベル市場は世界中が狙っていて、世界中でそのような戦略が展開されている。どこでもできるが差別化は難しい。そこを考えたうえでどんなコンテンツがいいのか、選ばれるために何をすべきかを考えていただきたい。

 

ファシリテーター:JRCセンター長 沢登次彦(左)
パネリスト:日本政府観光局(JNTO)理事 蔵持京治氏(中央)、JRC研究員 松本百加里(右)

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