研究員コラム未来を創ろう。

2013/05/15

研究員: 森戸 香奈子

「なんか旨いもん食わせてください」とやってくる旅行客に、イラッとすることがありませんか?

GW帰省中に訪れた、とある海沿いの活魚店。
義理の父の陶芸の先生が教えてくれた知る人ぞ知る店で、口コミで人気らしい。
先生曰く「汚い」とのことだったが、訪れてみると汚いというよりは、「家庭的」すぎて入りづらいような店構えだった。

一番人気の釜飯は驚愕ものだった。まず蓋を開けると、魚やイカやエビなどの切れ端のようなものがご飯の上にぱらぱら。
言葉を選ばずに言うと、まるで残飯のよう。それをしゃもじで混ぜる。とりあえずこれは私の知っているステレオタイプの釜飯からは、だいぶかけ離れている。

で、食べてみると、これがなんと絶品のシーフードリゾット!おそらく魚の脂だけなのにクリーミーな口あたり、鼻にぬける磯の香り…蓋をしてしばらく蒸すと食感が変わって更に美味しい。
なんとも、今まで一度も食べたことのないミラクルフードだった。

こういう店を情報誌に載せるにはどういう編集の切り口ならアリなのか、東京から来た編集者はきっとこのネタを見つけることは不可能だろう…と帰りの車中でいろんな思いを巡らせ、ふと気づいたのが、そもそも、このめちゃくちゃ美味しくて素朴な郷土飯、これを旅行客にも食べてほしいと思うかということ。

いろいろ考えた私の答えは、NOだった。もちろん、本当に美味しい地元のものを旅行客にも食べてほしいと心から思っている(そういう仕事をしています)。

でもこれは食べちゃダメだ。なんというか、本当にその地域のことをよく知り、愛する人でないと、食べてはいけないもののように感じた。

少なくともその土地に敬意を表し、せめてその土地の文化や歴史を知ったうえで食べてほしい。
それくらい純粋な食べ物だったのである。

そんな思いでモヤっていたGW前半だが、後半に訪れたまた別の地域の海沿いの漁師宿は、自分たちの魚や料理に大いに自信を持ってふるまい、説明し、一番美味しい食べ方で提供してくれる、お手本のような宿だった。

看板女将におすすめの酒を尋ねれば、最も高い酒ではなく、女将自身が一番お気に入りという手軽で旨いお酒を提案してくれる。

食事はすべて地元で獲れた魚介類で、調理法には郷土のレシピがふんだんに取り入れられており、食べたことのないメニューばかり。

正直、今まで訪れた漁師宿の中で間違いなくナンバーワンの旨さだった。

どちらも地元ならではの超美味漁師飯であることは間違いない。

でもあの残飯釜飯は、昨日今日来た旅行客には食べてほしくないという思いはなぜかやはり消せない。見た目の問題ではない。サービスも悪くないし、旅行客はこれを食べられれば大発見だと大喜びするだろう。

誤解を与えないように説明しておくと、釜飯屋が例えばテレビに出てしまって「私のとっておき」な店がメジャーになってつまんないとか、客の質が落ちるのではとか、そういうことを心配しているわけではない。

もちろん東京にも、来客を選ぶ店はある。

でもその多くは、店主のこだわりから一見を拒むようなものが多い。
この釜飯屋のように、ただ純粋に営業している店とは訳が違うのだ。

地域側の人間(私は親戚がいる縁だけだが)が、こういうものを目に見えない何かから守らなければならないという気がする。絶滅危惧種みたいなものといえばいいだろうか。

旅行者の教育が必要ということなのだろうか。それともちょっと違う気がする。

昔訪れたパリでこんなことがあった。
有名な高級エスカルゴ料理店で食事をした際に、同行した友人が「欧米人とアジア人で部屋を分けられている」ことに気付いた。

確かに言われてみると、一つの仕切りを挟んで、白人と黄色人種とに分かれている。友人はおそらくメニュー(料金)も違うのだろうと言う。そのときはアジア人の一人として腹が立つなと思ったものの、今回の釜飯体験を通して、なんとなく彼らの気持ちもわからんではないと思ったのだ。

昨日今日訪れた旅行者が、地域のこともよく知らずに「ちわっす、なんか旨いもん食わせてください」とやってくる。正直地元の人間としてはムカつくこともあるだろう。それは正しい感情だ。

でも、後者の漁師宿なら、「ちわっす」と旅行者が入っても、あの女将はうまいことやる。でも前者の釜飯屋では、店主と旅行客の気持ちにすれ違いが生じそうな気がするのだ。
大切にしなければならないものが、損なわれそうな気がする。

釜飯屋のある地域は、観光とはほど遠く、人口は減り、産業は緩やかに衰退している地方の小さな町だ。地元の人たちは、おそらく「変わらない」生活を望んでいるのだろう。
あの釜飯屋も、ほそぼそと営業できればきっといいのだ。だけど、何かが「変わらない」と、あの釜飯屋は多分この先つぶれてしまう。

「その土地の、本当の姿を、本当の食を知りたい」という旅行者の思いは、ある視点では地域の人間からしたら、強烈なエゴでもあるのだろう。
パリのエスカルゴ店が「アジア人はこれでも食べていろ」と態度で示したように。

地域の宝を、旅行客に自信を持って紹介してほしい気持ちにウソはない。けれど、本当の宝物というのは、見せびらかすよりも、大事にとっておいたほうがいいのかもしれない…。

私の中でも、まだ答えは出せないでいる。
みなさんはどう思いますか?

森戸 香奈子

調査担当、研究冊子「とーりまかし」デスク。1998年入社。株式会社リクルートリサーチへ出向、アドホック調査を中心に調査の設計および分析を担当。じゃらん編集部、広告制作を経て2007年4月より現職。担当調査に「人気温泉地ランキング」「ご当地調査」など。海外旅行領域のエイビーロード・リサーチ・センター研究員も兼務。岡山県観光立県戦略策定委員、香川県高松市「屋島山上拠点施設整備等検討懇談会」委員など。