• 2017/09/25
  • Edit by HARUMA YONEKAWA
  • Photo by RYOSUKE KUSAKARI

ジバ観やコクリ!は地域の“公共空間”を復活させようとしている ●コクリ!対談・番外編/高間さんとジバ観チームの仲間たち

2016年、コクリ!プロジェクトからスピンオフした「ジバ観(観光ジバづくりのための協働チーム育成事業)」について、詳しくご紹介します。

2016年、コクリ!プロジェクトから「ジバ観(観光ジバづくりのための協働チーム育成事業)」がスピンオフしました。ジバ観は、コクリ!プロジェクトのメソッドにじゃらんリサーチセンターのメソッドを組み合わせながら、地域内のさまざまなコ・クリエーションを活性化させ、課題を解決していくサービスです。また、そのサービスのなかで、ファシリテーションやプランニングを担当するのが、ジバ観チームのみんなです。この記事では、ジバ観のきっかけを創った高間邦男さん(株式会社ヒューマンバリュー 会長)と4人のジバ観チームの対談を通じて、ジバ観について詳しくご紹介します。

〈ジバ観チーム〉
◆むーさん(平澤勉さん)
◆しのさん(篠原幸子さん)
◆あらちゃん(荒川崇志さん)
◆まぁちゃん(長友まさ美さん)

ジバ観は「3+1」のコ・クリエーション原則から生まれた

――― ジバ観が始まったきっかけの1つは、愛ちゃん(三田愛さん)と高間さんの対話だと聞いています。詳しく教えてください。

高間 2015年の冬、愛ちゃんたちが僕のところに何回かやってきて、コクリ!プロジェクトで取り組んできたことの「メソッド化」に取り組みました。そこで生まれたのが、「3+1のコ・クリエーション原則」(図1)です。ジバ観の取り組みは、この原則から始まったと聞いています。

「3+1」のコ・クリエーション原則

むー ジバ観は、後で紹介する「山形DMO」の中心人物である青木哲志さんが、愛ちゃんが取り組んできた「地域コ・クリエーション研究」を山形DMO でも実施してほしいと要望したことが、そもそものきっかけでした。しかし、その時点では、地域コ・クリエーションは、まだ愛ちゃん以外にはファシリテーションできないものでした。そこで、地域コ・クリエーションのメソッド化を進め、愛ちゃん以外のメンバーでもファシリテーションやプランニングをできるようにしようとしたのです。そして3+1のコ・クリエーション原則が生まれたおかげで、地域コ・クリエーションを広くいろいろな人が進めていけるようになりました。そこで2016年、愛ちゃんが新たに進めている「コクリ2.0」とは別に、じゃらんリサーチセンター内にジバ観のサービスラインが立ち上がったというわけです。

なお、現在のジバ観は、地域コ・クリエーションの手法に加えて、じゃらんリサーチセンターのさまざまな商品を組み合わせる形でソリューションを提供しています。とはいえ、基本はコクリ!プロジェクトの地域コ・クリエーションにあると考えていただいて間違いありません。

では、ここでごく簡単に「ジバ観メソッド」(図2)をお話ししておくと、❶まずは協働チームのメンバーを募ります。 ❷5回程度の協働チーム会議を行い、ありたい未来を共有することでメンバーの関係の質を高めます。❸最終的に、観光地域づくりの主体を広げていく具体的な取り組みを考え、協働チームでやってみます。この3ステップで、半年~1年かけて協働チームの基礎を創っていくのです。その後は、協働チームで自走していただくこともできますし、そこから生まれる新たな取り組みを私たちがサポートすることもできる仕組みになっています。

ジバ観メソッド

すべて協働チームの手で「琴平コトコト会議」を開いた(琴平町の場合)

――― 2016年、ジバ観では琴平町と山形DMO、2つのプロジェクトに取り組んでいますね。2つのプロジェクトについて詳しく教えてください。

むー まずは琴平町のほうからお話しします。香川県琴平町は四国のほぼ中央にあって、人口は約9000人。有名な「こんぴらさん(金刀比羅宮)」のあるまちです。こんぴらさんには、毎年200万人以上もの観光客が来ていると言われており、特にお正月には数多くの初詣客が訪れます。そのため、こんぴらさんの参道や周囲の土産物店などは栄えているのですが、まちの真ん中を流れる川幅15mほどの橋を渡った反対側には観光客はほとんど訪れず、商店街にはシャッターが降りたままの店舗がいくつもあります。また、1988年に瀬戸大橋が開通した際には「瀬戸大橋バブル」が起こって観光客が増えたのですが、一方で交通の便が良くなったために宿泊客が減るなど、旅館業も決して順風満帆というわけではありません。そのほか、実は香川県はニンニクの生産量が日本第2位で、琴平町はその中でも県内一の生産量を誇るまちなのですが、そのことが地元含めてあまり知られていません。ほかのまちと同じように、若者の流出・後継者不足・人口減少が進んでおり、まちからは小児科と産婦人科がなくなってしまいました。少し説明しただけでもおわかりのとおり、さまざまな問題を抱えています。

左:しのさん(篠原幸子さん)右:むーさん(平澤勉さん)

しの その琴平町でジバ観(当時は名前がまだなく「コクリ!」と呼んでいました)を実施することになったのは、琴平町の地域おこし協力隊のジャス(山田さん)とよっしー(吉田さん)が、愛ちゃん(三田愛さん)が講演したセミナーで地域コ・クリエーション研究のことを知り、私たちもやってみたいと上司の森本さん(町役場職員)に報告したのがきっかけです。2人から詳しい話を聞いた森本さんも、琴平には地域コ・クリエーションが必要だと感じて、私たちに協力を依頼したのです。

琴平町のプロジェクトは、私とむーさんが担当しました。私たちは、2016年6月に森本さんと打ち合わせして企画を立て、8月にプレゼンテーションをおこない、9月に第1回の協働チームミーティングを実施しました。協働チームには、町役場・地域おこし協力隊・旅館・商店・農家・お母さん団体など、町内のさまざまなセクターからメンバーを集めてもらいました。琴平の協働チームには、みんなで決めた「縁の下チーム」という名前があります。それ以降、月1回のペースでチームミーティングを継続し、2017年2月にみんなゴト会議「琴平コトコト会議」を開催したところで、今回のプロジェクトは終了しました。それ以降は縁の下チームのメンバーが自主的にまちづくりに取り組んでいます。協働チームは精力的に活動しており、この5月には第2回、9月には第3回の琴平コトコト会議を早速開催しています。

むー 琴平の協働チームミーティングの内容を少しだけご紹介すると、例えば第3回のミーティングに向けて、セクターが異なるメンバーで3人1組になってまちじゅうを歩き、まちの現状を調べ、課題を探求していきました。面白いことに、この探究をすると、いつもとは違うまちの姿が一人ひとりに見えてきます。たとえば、普段はあまり行かない商店街がシャッターだらけになっていることに改めて気づいたり、いつの間にか駅前にゴミの山ができていたといったことが目につくようになったりするのです。このような探求を経て、メンバーが悟ったのは、まちの誰もが「誰かが琴平町を良くしてくれる」と思っていて、他人任せにしているという現状でした。この問題を解決するためには、まちのみんながホンネで話し合い、まちの現在や未来を他人ゴトにするのではなく、「自分ゴト」「みんなゴト」で考えるようにならなくてはなりません。こうした取り組みを経て、「みんなゴト会議」の意義が次第に浮かび上がってきました。そして最終的に2017年2月にみんなゴト会議「琴平コトコト会議」を開催することが決まったのです。

しの 2017年が明けてからは、メンバーが毎週、自主的に集まって、琴平コトコト会議の準備を進めていきました。町役場ではなく、私たちジバ観チームでもなく、メンバーが主体的に開催することが大事でした。役場主催・外部主催のイベントだと思われたら、それだけで参加者が受身になってしまう可能性があるからです。誰に参加してもらうか、どのようなプログラムにするか、どういったおもてなしをしたらよいのか。すべて縁の下チームが中心となって決めていき、私たちはその行動や決断をサポートしたり、当日のファシリテーションを一部務めたりするなど、限定的な関わりに留めました。そうして、あっという間に当日になりました。

結論から言えば、「第1回琴平コトコト会議」は素晴らしい場になりました。町長や町議会議長から数名の高校生まで、老若男女約80人が日曜の午後に集い、数時間にわたって熱く話し合いました。手作り感満載の会場やメンバーが前面に立った運営体制が功を奏して、役場主催のイベントと思った参加者はほとんどおらず、縁の下チームのメンバーが開いた場だと広く認知されていました。終了後のアンケートでは、参加者の98%が「満足した」と答えており、89%が「次回も参加したい」と回答していました。後日、メンバーが参加者に1対1の聞き取り調査も行っているのですが、本当に良かったという声が多く、印象に残ったことをいくつも聞き取ることができました。たとえば、町議会議長はたまたま高校生たちと深く対話したそうです。それで、「この前、ファストフード店がまちから撤退してしまったために、放課後に高校生が集まる場をなくして困っていると知りました。何かできることがないかと考え始めました」と話してくださいました。

香川県琴平町・縁の下チームの皆さん

むー 僕は、このプロジェクトを進めるなかで、メンバーがどんどん変わっていったのが印象的でした。たとえば、プロジェクト開始時には地域おこし協力隊として琴平に来たばかりだった「こんたろうさん(近藤さん)」は、最初の頃は飲み会にもあまり参加していなかったのですが、最後には「これから10年琴平町に住み続けて、コトコト会議を続けていくことを決心しました」と熱く語っていました。

しの 私たちは、ファシリテーションやサポートなどの黒子に徹するのですが、その実、私たちのあり方がチームのあり方に強く影響するため、責任は重大でした。プロジェクトの間はずっと、「私がちゃんとしていなくては」と肝に銘じていましたね。このプロジェクトを始めたことで、1年後、5年後、10年後に、まちを好きになる琴平町民がどんどん増えていったら嬉しいなと思っています。

むー 私たちのあり方がチームに影響するというのは、本当にしのさんの言うとおりだと思います。僕は、琴平町のみなさんが未来の姿や夢を熱く語り合い、自分たちの力で実現していくことが当たり前になる場面を見たいと強く思っていました。そして自分自身も、単なるビジネスでなく、メンバーと感情を含めて共有しあいながらお付き合いしましたから、たった半年のプロジェクトでしたけど、別れのときは思わず涙が出ました。

長い時間をかけて本気で取り組まなければ、自分たちの未来はない(山形DMOの場合)

――― では、次に山形DMOについて教えてください。

あら 山形DMOは、僕とまぁちゃんの2人で担当しました。「DMO」とは、Destination Management Organization:デスティネーション・マネージメント・オーガニゼーションの略で、観光庁では日本版DMOを「観光地域づくりの舵取り役」と定義しています。ごく簡単に言えば、その地域の観光を盛り上げる頭脳の組織がDMOです。観光の企画を立てたり、商品を作ったり、必要なITシステムを企画したりするのです。また、DMOに似たものとして「DMC(Destination Management Company)」があります。こちらは観光地域づくりを担う会社ですね。観光庁は2015年から日本版DMOを推進しており、山形DMOは第1期からDMO候補法人に登録しています。つまり、日本のDMOの先駆けの1つなんです。

左:まぁちゃん(長友まさ美さん) 右:あらちゃん(荒川崇志さん)

この山形DMOは、山形市・天童市・上山市の3市がタッグを組んで動かしている組織です。なぜかといえば、この3市には、それぞれ蔵王温泉・天童温泉・上山温泉という温泉地があるからです。これらの温泉地が、観光客の奪い合いをするのではなく、互いに協力して観光客を増やそうと始めたのが山形DMOなんです。さらに、2017年3月には、広域DMC「おもてなし山形株式会社」を日本でいち早く設立し、単にDMOが企画を立てるだけでなく、DMCが収益化を担うことで、DMOが自走できる体制を整えるチャレンジを始めました。

まぁ 私たちは、2016年3月から山形DMOのサポートをスタートしました。それ以来、協働チーム会議を8回行って、2017年1月にみんなゴト会議を開催しました。彼らはDMO・DMCを進めるにあたって、長い時間をかけて本気で取り組まなければ、自分たちの未来はないと考えていて、今もメンバーそれぞれの手で、できるところから、取組みの輪を地域の中に広げ続けています。

山形DMO みんなゴト会議の様子

最初にむーさんが触れたとおり、山形DMOの中心人物である青木哲志さん(山形市観光物産課 広域観光グループリーダー)が、愛ちゃんの講演を聞いて地域コ・クリエーションに強い興味を持って、じゃらんリサーチセンターに地域コ・クリエーションの商品化を依頼したという経緯があります。なぜ青木さんがそこまで強い興味を持ったかといえば、DMOを軌道に乗せるには「みんながダベって(話し合って)仲良くなって、関係の質を高めること」が最も必要だと考えているからです。これまで、3つの温泉地は互いにライバルでした。さらにいえば、それぞれの温泉地のなかにも複雑な関係がありました。この3つの温泉地の皆さんが集まって話し合うことなど、ほとんどありえなかったのです。しかし、DMOを軌道に乗せていくためには、3市と3つの温泉地、さらに言えばその周辺の農家や観光スポットなど、幅広い関係者の皆さんが一箇所に集い、話し合って仲良くなることが欠かせません。だからこそ、地域コ・クリエーションが必要とされているんです。

あら 琴平のプロジェクトと大きく違うのは、DMOが観光ビジネスに特化した組織だということです。難しいのは、観光以外に視点がなかなか広がりにくい点です。僕たちとしては、観光にとどまらず「地域を良くする」という視点も持って取り組んでもらいたいですし、本当は一人ひとりの人生や価値観にまで踏み込んで対話してもらいたいのですが、どうしても観光やビジネスからなかなか離れられないんです。ただ一方で、ビジネスに限定した関係だからこそ、言いたいことをズバッと言いやすい雰囲気があるのも確かで、その点はありがたいですね。

参加者の“学習を支援する”のがジバ観ではないか

――― ここまで2つのプロジェクトについて話してもらいました。ここからは、高間さんを交えての対話に移りたいと思います。まず、高間さんに感想を伺いたいと思います。

高間 コクリ!プロジェクトや、そこから派生したジバ観は、専門家が調査を行い、ある答えを出して、その答えに基づいてコントロールしていくパターンとはやはりまったく違いますね。計画を立てず、みんなの間に立ち上がってくるものから答えを共創して、みんなでやりたいことをやっていくものなんだと再認識しました。

興味深かったのは、琴平町プロジェクトのみんなが町中を歩いた「集団学習」です。琴平の皆さんは、まちを歩くことで視点が変わったのだと思います。わかりやすくいえば、川向こうの住民の目線でまちを眺めることができたんですね。学習とは視点が変わることですから、まち歩きはまさに学習だったわけです。ジバ観の場には、おそらくこうした集団学習の仕掛けがいくつも必要なのだと思います。これらの仕掛けがあることで、まちの課題が自分ゴト・みんなゴトになっていくんですね。

それから、コクリ!プロジェクトやジバ観では、「立ち上がってくるものを掴む」のがなかなか難しいのではないかと感じました。協働チーム会議やみんなゴト会議で、みんなの間に立ち上がっているものが目の前にあるのに、誰もそれに気づかないということがよくあるのではないかと思うんです。そうしたチャンスを逃さないためにも、ときどき思いきってプロトタイピングしてみるとよいのかもしれません。

むー プロジェクトを進めていて、最後の「感性に従いまずやってみる」から3+1のサイクルを回していくのもありなのではと感じたことがありました。

高間 アメリカは多民族国家だから、「まずやってみる」ことが多いですね。やってみて、良ければ採用するし、難しければ却下する。それなら民族が違っても、誰でも関わることができる。アメリカのプラグマティズム(功利主義)の良いところだと思います。むーさんの言う通り、まずやってみるところから始めてもよいのかもしれません。

――― では、皆さんの意見や悩みを交えながら、お話ししていただけたらと思います。

高間 コクリ!プロジェクトやジバ観の一番の特徴は「生成的」だということでしょう。会議中の対話がどこに進んでいくかわからないですし、どうなったら参加者が納得するかも読みにくい。ここは難しい点なのではないでしょうか。

まぁ そう言われると、山形DMOの場合、最初は誰もみんなゴト会議を開くとは考えていませんでした。振り返ってみると面白いですね。

むー 何が生成するのかがわからない点は、実行する際には面白いんですけど、一方で企画・契約時の「期待値調整」は大変難しいですよね。地域の人たちの関心事から作っていくので、どんなアウトプットが出てくるか、やり始めるまでわからないという状態で、ジバ観の契約のお話しをしなくてはなりませんから。もっと言えば、大きな成果が1年後に出るか、5年後に出るかもわかりませんしね。

高間 「参加者の“学習を支援する”のがジバ観なのだ」という言い方はできないのでしょうか。結局、ジバ観は、地域の皆さんが、自走的に地域コ・クリエーションを進めていく方法を学ぶ場ですよね。それなら、納得してくれる方が増えるかもしれません。

今、この話をしていて思いついたのですが、コクリ!プロジェクトやジバ観は、日本中の地域の「公共空間」を復活させるムーブメントと見ることはできないでしょうか。昭和初期まで、日本の各地域には人々が何となく集まる公共の場があって、そこでみんなが地域のことを話したり、決めたりしていました。第二次世界大戦に勝ったアメリカは、日本が共産主義国家になることを嫌って、そうした公共空間をなくしていき、その代わりに団地を作ることで地域の分断を図ったわけです。しかし、これからの日本では、地域が自分たちでまちづくりを進めていかなくてはなりません。そのためには公共空間が必要です。コクリ!プロジェクトやジバ観は、「日本の新たな公共の場」なのかもしれませんよ。

コクリ!の運動体の環を大きくしていったほうがいい

高間 ところで僕は最近、「オートポイエーシス理論」が気になっています。かなり難しい理論なので、思いきっていろいろと端折って簡単にお話しすると、「オートポイエーシス・システム」とは、境界を自己決定して自律的に動くシステムのことで、オートポイエーシス・システムのなかでは、ある性向(エネルギーの動き)がコンテンツを次々に生み出していきます。たとえば、典型的なオートポイエーシス・システムはヒトの脳です。ヒトの脳では、何か連想のエネルギーが起こると、イメージや言葉がどんどん生成されていきますよね。オートポイエーシス・システムは、こうした特徴を持っているのです。

このオートポイエーシス理論を社会学に応用したのが、ニクラス・ルーマンです。ルーマンは、社会とは、ある性向をきっかけにして「コミュニケーション」を生み出し続けるシステムだという見方を取りました。社会の本質は、次々に生まれていくコミュニケーションのほうにあって、さまざまなコンテンツや構造などはコミュニケーションの派生物だと考えたのです。

高間さん

こうした見方から見れば、コクリ!プロジェクトやジバ観は、地域社会に「性向」、つまりある方向に向かうエネルギーをもたらして、コミュニケーションをどんどん生み出していく装置と考えることができます。コクリ!の場やジバ観の場で、多くの参加者がその地域について思うこと、感じていることを自分ゴトとして発信し、コミュニケーションするようになれば、きっと地域社会にはさまざまなコンテンツや構造が生まれるのです。そうした意味で、コクリ!プロジェクトやジバ観は「日本の新たな公共の場」なのです。

まぁ 確かに、コクリ!の場でもジバ観の場でも、参加者は語り合いながら、同じ方向に向かっていきますね。

高間 そうなんです。ただ、そこで気をつけなくてはならないのは、みんなで未来を描いていく一方で、「今ここ」に立ち上がってくるものをしっかりと捕まえて、今やるべきことをチャレンジしなくてはならないということです。なぜなら、今やるべきことをやらなければ、未来に向かって進めないからです。そうした面では世の中は実にセレンディップです。常に未来を見据えながらも、目の前の偶然を活かして、良い方向に進んでいく必要があるのです。

たとえば、今、精神医学の世界では「オープンダイアローグ」が注目されています。薬などを一切使わず、対話だけで統合失調症を直すという驚きの手法ですが、このオープンダイアローグで大事にされているのは、対話のなかから立ち上がってきた「新たな言葉」を掴むことです。新しい言葉を参加者が共有することが、統合失調症に大きな治療効果があるのです。コミュニケーションには、そうした人を変え、物事を生み出す力がある。この力を十分に活用して、前に進んでいくことが大切なんです。そして、そういう場を創り出す上で大切なのは、「ファシリテーターがどれだけ自分のエゴを横に置けるか」ということと「ファシリテーターも参加者と一緒に学び成長できるか」ということだと思います。

まぁ 山形DMOでの取り組みでは、プログラムやスライドをしっかり用意しましたし、スケジュールを割と細かく区切りました。そうした場にどれだけ遊びを持ちこめるのか。ファシリテーターの腕の見せどころでもありますし、私たちの課題かもしれません。

高間 たとえば、参加者全員に場の進め方の選択肢をいくつか示した上で、どの方法を採るか、皆さんに委ねるといった方法もあるのではないでしょうか。

あら その意味では、山形DMOの初年度は、参加者の皆さんと一緒になってジバ観のプログラムをつくる機会が少なかったと思います。そのせいで、可能性を狭めてしまっていたかもしれません。この気づきは次年度に活かしたいですね。

高間 ファシリテーションの場に何度か関わってきた身として思うのは、いくら時間がかかったとしても、全員でチェックイン・チェックアウトしたほうが面白いということです。なぜなら、小グループに分かれてチェックイン・チェックアウトをしていると、参加者全員が共有できる集合知が場に降りてきにくいと思うからです。全員でチェックイン・チェックアウトをすると全員がお互いの背景を理解し合うので、そこから場が良い方向に動くことがよくあるのです。全員のチェックイン・チェックアウトは時間がかかるから嫌だというのは、ファシリテーターの都合に過ぎません。これからのファシリテーターには、そうしたエゴを横に置いて、場を見ていくことが求められるのではないでしょうか。

――― 最後にメッセージをいただけたらと思います。

高間 コクリ!プロジェクトやジバ観の最大の強みであり、最もチャーミングな点は、さまざまな人が集まっているところです。その魅力を活かすには、運動体の環をもっと大きくしていったほうがいいと思います。日本だけでなく、世界に広げていくくらいの勢いがあってよいでしょう。そして、必要に応じて、集まるべき方が集まればいいのです。

PAGE
TOP