• 2016/07/25
  • Edit by HARUMA YONEKAWA
  • Photo by RYOSUKE KUSAKARI

第2回コクリ!キャンプの続き(1)「社会性を帯びたフツーの社会人」を増やしたい

第2回コクリ!キャンプのスピンアウト企画をご紹介します。

「社会性を帯びたフツーの社会人」を増やしたい

2016年2月に行われた第2回コクリ!キャンプからは、いくつものスピンアウト企画が生まれています。そこで、初のスピンアウト企画・「本当に本当にデザインするべきものとは」ナイトを実施した「たじさん(但馬武さん)」に、なぜ行ったのか、どのような場になったのかを伺いました。

2016年4月、「本当に本当にデザインするべきものとは」ナイトを開催

2016年4月、「本当に本当にデザインするべきものとは」ナイトを開催し、50人ほどの参加者とともに、本当に本当にデザインするべきものとは何かを話し合いました。

「本当に本当にデザインするべきものとは」ナイトのタイトルグラフィック

このイベントの発端は、第2回コクリ!キャンプにあります。その中で、えいすけくん(太刀川瑛弼さん)が、「本当に本当にデザインするべきものとは?」という問いを出したんです。僕はその問いを話し合うチームに参加したのですが、あまりにも良い問いで、40分ではまったく話が終わりませんでした。こういうときには、当然、皆が「この問いについてもっと話し合いたい」と思います。しかし、時間が経つと、その想いを忘れてしまうことがほとんどです。でも、本当は0(口で言うだけに終わる)と1(行動を起こす)ではまったく違う。この「1」には、大きな価値があります。そこで、みなと話し、「本当に本当にデザインするべきものとは」ナイトを行うことにしたんです。

たじさん/但馬武さん

美しい消費と働き方を「デザイン」したい

僕はこれまで7、8年、働きながら、真剣に環境問題や反原発運動に関わってきました。でも、いくら正しい情報を論理的に伝えても、多くの人を巻き込むことができず、悔しい想いをしてきました。長年の活動から、人は正しいことではなく、楽しいことや美しいことに巻き込まれることを体験し、僕はやり方を変えたんです。現在は、資本主義で発生した問題を資本主義によって変えていくことを目指し、ソーシャルアントレプレナーや社会的な課題に目を向けたいと考えている企業に対して、マーケティング面でサポートしています。

そもそも最初に「本当に本当にデザインするべきものとは?」という問いを出したえいすけさん(太刀川瑛弼さん)

環境問題の多くはビジネスによって引き起こされているので、ソーシャルアントレプレナーの方々がチャレンジしているように、ビジネスによって解決するのがよいのですが、彼らは必ずしもマーケティングやブランディングが上手ではない。そこで、僕が彼らを支えることで、彼らの持続可能なビジネスを成功させ、世界を変えていきたいと考えています。「home」は、欲しい未来を創りたいと願う人々のコミュニティで、ソーシャルアントレプレナーを中心にさまざまな社会人を集め、継続的に勉強会や対話の場を開いています。

えいすけくんが挙げてくれた「本当に本当にデザインするべきものとは?」という問いが気になったのも、僕自身、欲しい未来を創るためには、社会自体をデザインする必要があるのでは、という仮説を持っているからです。

「本当に本当にデザインするべきものとは」ナイトの対話風景

仮説を立証するためには、圧倒的にたくさんのプレーヤーが必要です。もちろん、愛さん(三田愛さん)やけんしゅうくん(嘉村賢州さん)、えいすけくんのような「スター」がたくさんいるのが理想ですけど、彼らを何人も生み出すのは、正直言って難しい。でも、例えば僕のように、働きながら社会活動に関わる「社会性を帯びたフツーの社会人」なら比較的簡単に増やすことができますし、そういう人が増えれば、大きな社会的インパクトになると思います。ですから、homeでは「フツーの社会人」がソーシャルアントレプレナーにふれて、ジブンゴトとして考えるきっかけを提供しています。

このナイトを通じて、自分が取り組むべき課題だと実感したのは、「美しい消費と働き方をデザインする」ことです。冒頭でも触れましたが、正しさとは、ある瞬間は納得するものですが、人々が自発的に行動を起こすところまで巻き込むのは難しい。けれど、美しさには誰しもが理由なく惹かれるものです。消費も、お金と一緒でネガティブなイメージが強いですが、消費は日々の投票行為でもあり、資本主義経済のなかではやはり大きなパワーを持っています。美しい消費をつくれたら、毎日の生活を起点に、大きく社会を変えていけるんじゃないかと信じています。

そして、消費が美しくなれば、同時に働き方も美しく変えられるのではないかと思っています。人々の働き方がもっと美しいものに変われば、たとえば、週末だけのボランティア、まだまだ数少ないソーシャルアントレプレナーといった現状を変えることができ、加速度的に欲しい未来につながるのではないでしょうか。2016年からは立教大学の研究員となって、このテーマに興味のある皆様と一緒に、美しい消費と働き方を考えるという動きも起こしていく予定です。

美しい消費や働き方のデザインで想うのは、栃木のココ・ファーム・ワイナリーが実践しているようなことです。ココ・ファームは、重度の障がい者の方々が働くワイナリーです。もともとは戦後、特殊学級の担任教師の方が「この子たちに何かしてあげたい」と、彼らと一緒にブドウ畑を開墾したところから始まりました。あくまでも味で勝負するため、販売所には障がい者の方がいないなど、姿勢が一貫していて、訪問するたびに学ぶことがあります。彼らの働く姿勢は美しく、彼らのワインを買う人々の行為もまた美しいと思うのです。このような企業を多くこの世界に生みだせるようにデザインしたいと願っています。

対話の場に若者を引き入れることが重要だと改めて痛感

「本当に本当にデザインするべきものとは」ナイトではいろいろな気付きがありました。たぶん、それぞれに持ち帰ったものは違うのだろうと思いますが、私が特に印象的だったのは、皆が自分の想いを溢れさせていたということです。普段つくる対話の場では、おたがいが何か結論を出そう、成果を生み出そうとする姿勢が、どこかしらにあるのですが、今回は、皆がそれぞれの「本当に本当にデザインしたいもの」をひたすら話し続けていて、結論を出そうとする空気には全然ならなかった。平たく言うと、収拾がつかなかったんですね(笑)。

「本当に本当にデザインするべきものとは」ナイトの対話風景

答えのない問いだから当然ですが、何の答えも出ませんでした。僕らの事前の狙いでは、「本当に本当にデザインするべきものを追求する姿勢を表す動詞、ことば」をつくれたらいいなと思っていたのですが、そういう流れにはまったくなりませんでした。それにもかかわらず、多くの参加者が終わった後に「楽しかった!」と言ってくれたんです。何の成果も出なかったのに、なぜみんな、こんなに楽しそうなのかと不思議に思うほどでした。例えば、今回グラフィックレコーディングを担当してくれた清水淳子さんは、「こんなふうに観念的な話をしたり、問いをどう見るかといったことばかり対話する場は、今まで経験したことがありませんでした。面白かったです」と言っていました。

なぜこうした現象が起きたかといえば、おそらくは、僕らがふだん「答えのない問い」を考える機会が少なすぎるからです。僕らは、仕事でも日常でも、何かしらの答えが出る問いにばかり向き合っている。答えのない問いを対話するチャンスが全然ないから、新鮮で楽しいんです。さらに言うと、若手も中高年も、成功している人もそうでない人も、誰もが同じ立場で話せたのもよかったと思います。

清水さんが書いたグラフィックレコーディング

もう1つ印象深かったのは、イベント終盤に、社会人1年目の松崎裕太さんが全体の状況を俯瞰して、言葉にしてくれたことです。また、受付を手伝ってくれた大学生のせんちゃん(仙田凌さん)が、帰りの電車で「松崎さんが言うとおり、“誰のために?”をはっきりさせると、本当に本当にデザインするべきものが見えてくるんじゃないでしょうか」とアドバイスしてくれたのも、的を射ていると感じました。これは普遍的なことだと思いますが、現在の社会システムにどっぷり浸かっている僕ら中年世代は、自分たちを客観視し現状を言語化するのが難しい。それを言語化するのは、まだそのシステムにがっつりと入ってない人、エッジで生きているような人や下の若い世代なんです。コクリ!プロジェクトでもhomeでも、対話の場に若者を引き入れることが重要だと改めて痛感しました。

答えのない問いを対話する場をもっと創りたい

今回、「本当に本当にデザインするべきものとは」ナイトを開催してみて、答えのない問いに向き合う時間が大切なことがよくわかりました。でも、一人で向き合うのは大変で、どうしても堂々巡りに入ってしまいます。その堂々巡りから逃れるには、各自がお互いの見方を交差させ、さまざまな発見を得る「安心安全な対話の場」が必要なんです。クライミングでは、ロープを体に結びつけて、自らを確保することを「ビレイ」と言います。ビレイをすると、激しいムーブ、大胆なチャレンジができるようになる。対話の場も同じで、自分をしっかりと支える安心安全なロープがあると、思いきった発言ができるようになります。その思いきった発言こそ、大きな発見のチャンスになるのではないでしょうか。

問いのない課題を摸索しつづける「本当に本当にデザインするべきものとは」ナイトを、また開催したいなと思っています。次回もまた、さまざまな視座を持つ人々が集えるとよいのではないでしょうか。そうした場を続けていけば、いずれは、本当に本当にデザインするべきものの「型」が見えてくるのではないかと感じています。

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