• 2017/03/11
  • Edit by HARUMA YONEKAWA
  • Photo by TOMOMI IMAI

コクリ!の深い話(2) ダイアログで「メンタルモデル」を広げることが重要だ ●小田理一郎さん・前編

システム思考の日本の第一人者・小田理一郎さんに、世界の構造変革とダイアログの可能性について伺いました。〈前編〉

コクリ!プロジェクトやコ・クリエーションに関係する深い話をさまざまな方にインタビューしていくシリーズの第2回です。今回は、システム思考の日本の第一人者・小田理一郎さん(チェンジ・エージェント代表取締役)に、世界の構造変革とダイアログの可能性について伺いました。その前編をお送りします。聞き手は、賢州さん(嘉村賢州さん)、洋二郎さん(橋本洋二郎さん)、直樹さん(太田直樹さん)、愛ちゃん(三田愛さん)の4人です。

構造が変わるのが速いか、構造が崩壊するのが速いか

――― まずは今、小田さんが現在の社会をどう見ているのかを伺えたらと思います。(賢州)

歴史的に言えば、産業革命から近代化が始まって、技術革新によってさまざまな可能性が開けた後、20世紀の2回の世界大戦を経て、現在の国家のカタチ、政治や社会経済システムのカタチが決まってきました。日本で言えば、「55年体制」や高度成長に至る経済がそれに当たります。その際、植民地だったところが独立国となり、差別に対して人権の意識が高まるなど、良いこともいろいろと起こりましたが、「支配層」が一番上に存在するという構造そのものはまったく変わりませんでした。

経済の世界では、市場規模が拡大すると、支配層またはつながりの深い富裕層がまず富を得て、それがしだいに下層にも分け前が配分されて、下層の収入が増える「トリクルダウン」の概念が信じられてきました。私たちの世界は、20世紀半ばから現在に至るまで、一貫して「成長」を前提にして経済の仕組みを運用してきたのです。しかし、経済成長は現実には格差を拡大し、トリクルダウンがうまくいったのはごく例外的な場合でした。

また、今の経済システムは、継続的な経済成長を前提にしていますが、経済成長は世界的に鈍化、局所的にはすでに多くの場所で頭打ちや衰退の状態に陥って、国同士、民族同士でパイや資源の奪い合いが始まっています。残念ながら、奪い合いを背景にした紛争、政治腐敗、難民などが一層増えている状況です。アメリカのトランプ大統領が非寛容的な政策を打ち出し、国境に壁を作り、移民を排除して、自国民や一部の民族だけが恩恵を受けるようにしようとしているのは、限られた富をできるだけ自国に確保する動きと見てよいでしょう。こうした動きが起きているのはアメリカだけではありません。困ったことに、さまざまな国で非寛容なナショナリズムや右翼が力を得てきています。

別の見方をすると、この数年ほど、世界では「グローバル・ガバナンス」の必要性が叫ばれてきました。グローバル化した貿易や多国籍企業の活動は一部に恩恵をもたらすものの、経済格差の広がりや地方の農村社会の疲弊、環境問題などを深刻化させており、これらを解決するには、グローバル規模の統治機構が必要だからです。しかし、それが形にならないまま、問題は大きく複雑になり、ローカルや国レベルではどんどん手に負えなくなってきています。その一つの反応が、トランプ大統領の登場であり、さまざまなレベルでの対立や分断なのです。

つまり、問題の本質は「ガバナンスの限界」にあるのです。それを解決するために最も重要なことは、新たなグローバル・ガバナンスの「構造」を新たに構築することです。しかし現在は、その構造を基本的に変えないまま、国益を守ろう、自分たちの利益を守ろうとする声が世界中で強まっているというように世界を見ています。

良い変化も起こっています、2015年に「インクルーシブ(包含)」がキーワードになったのを見てもわかる通り、包含や多様性を求める人々が増えていることもまた確かです。このことは私にとって希望の種です。このコクリ!プロジェクトでコ・クリエーションが展開されているのも、その種の1つですね。

――― つまり、『成長の限界』以来、世界の構造は変わっていないのでしょうか?(洋二郎)

私の師であるデニス・メドウズ(システム思考家であり、ローマクラブ『成長の限界』のプロジェクトリーダー)は、たびたび「構造は変わっていない」と言っています。世界の構造が依然として変わっていないために、歴史上、私たちは繰り返し同じようなパターンで経済の成長と衰退を迎え、同じような問題を何度も体験しているのです。さまざまなことは、その構造によって起こるべくして起きています。

私たちは、構造を変えられると信じ、構造を変えようと行動を起こしています。しかし、持続可能性などに代表される新しい世界の構造の姿はおおよそ見えてきているものの、普及のスピードは十分速くありません。構造が変わるのが速いか、構造が崩壊するのが速いか、時間との競争になっているように思います。たとえば、2015年のパリ協定には中国も批准し、温室効果ガスの削減に取り組むことを約束しました。これは大きな一歩です。また、2010年に始まった中東・北アフリカの市民による民主化運動「アラブの春」も、ダイナミックな変化でした。パラダイムチェンジは、このようにして一瞬で起きます。パラダイムチェンジのティッピングポイント(分水嶺)はさまざまなところにあって、次々に流れが変わってきています。しかし一方では、変化の遅い部分、なかなか変化しない部分も確かにあるのです。

それから、2つの大きな問題があります。1つは、問題の存在を認識すると、むしろ解決から遠ざかる傾向があることです。特に私が気になっているのは、世界的なイスラム教徒とキリスト教徒の関係で、現状がうまくいっていないと、互いにますます距離を置こうとします。互いのシステムを融和させることが容易ではありません。もう1つは、エリート層と一般市民の間の分断です。国家やシステムを運営するには智慧が必要ですが、その智慧を守ってきた者に対して「エリートはわかっていない」と矛先が向いています。両者の間に分断と空白が起きていて、その空白地帯でSNS、ビッグデータ、心理学を上手に利用し、現状への不満や怒りをかりたてて、一部の人たちのための政策への支持を集める動きが急激に台頭しています。

――― 『成長の限界』が出された1970年代は、モノ中心の経済でした。ところが現在はお金と情報が中心になっていて、皆がお金と情報に振り回されています。ただ、『サピエンス全史』でも明らかになったように、貨幣は一種の幻想ですから、書き換えることもできるのではないかと思うのですが。(直樹)

その通りだと思います。先ほども言ったように、パラダイムチェンジは一瞬で起こりますから、あるとき突然、貨幣システムが大きく変わる可能性も十分にあるでしょう。

マルチステークホルダーが話し合うときにダイアログが役に立つ

――― 企業や官公庁には、いまだにダイアログの場がほとんどありません。小田さんはこの状況をどう見ていますか?(直樹)

最初に言っておきたいのは、ディベートが悪いわけではないということです。健全なディベートはむしろ大事です。特に行政や企業などの場では、健全なディベートが欠かせません。企業や官公庁は、まず自身の主張にしっかりとした論拠やエビデンスがあり、また互いの主張を正しく把握しているかが問われるでしょう。

しかし、さまざまな関係者のいる社会の中では、ディベートだけでは答えが出せなくなることがあります。どちらのメリットが多いかを考えるにしても、そのモノサシがさまざまだからです。たとえば、さまざまな企業や団体が集まって話し合う場では、それぞれが当初背負っている目的・ゴールをすべて満たすような解はまず見つかりません。それどころか、互いに正反対のことを主張し続け、いつまで経っても平行線をたどることが多いでしょう。官公庁が主催する有識者会議などでも、そうした状況に陥っているケースがよく見られるのではないかと思います。

そうしたときにはディベートではなく、ダイアログが役に立ちます。特に、ダイアログによって「メンタルモデル(各自の頭の中にある世界の見方)」を広げることが重要です。それぞれの目的・ゴールを守るのではなく、皆がシステムの全体像を理解して、その全体像に対する見方を変え、ひいては目的・ゴールを調整したり、ルールを見直したりするために、対話の場を開くのです。たとえば、物事の全体像を理解すると、自社にとって一見マイナスに見えることが、実は中長期的にはプラスになることが判明するケースがよくあります。物事はたいてい「worse before better」、つまり一時的に悪くなった後で良くなっていくのですが、全体像を理解していないと一時的なマイナスを受け入れられることができません。そして最終的には、全員が新たな共通のゴールを共有し、それに向かうための各自の新たなゴールが明確になります。

――― 民主党政権の時に言われた「熟議」は、今もあまり良く言われません。その原因は、まさに一時的に悪くなるからだと思います。私は、物事を変えていくにはやはり熟議が必要だと思うのですが、その反面、熟議によっていったん悪くなることを受け入れるのは、参加者全員がよほど腹を括らないと難しいとも思っています。その点をどう思いますか?(直樹)

結論から言うと、情報や物事の複雑さによって、熟議が必要なこともあれば、そうでないこともあるでしょう。つまり、明らかに正解がある課題の場合は、意思決定のスピードを上げたほうがよいのですが、複雑な課題やすぐには正否の判別がつかない課題の中で、結論を早く出したり、すぐに実行したりするとシステムの脆弱性が増してロスが大きくなります。複雑、あいまいな課題は、熟議してから広めたほうがよいでしょう。今日、目の前のことを良くしようとしすぎて、中長期的な可能性を狭めている面が強いですから、多くの問題ではおっしゃる通りで、熟議を大事にする必要があると思います。

企業が目の前のことばかりを考えてしまうのは、いたしかたがない側面があります。なぜなら、パフォーマンスを評価する投資家の株の保有期間が極端に短くなってきているからです。以前、株の平均保有期間は約7年でした。7年あれば、ビジネスの種をまいて、株主にリターンする算段をつけることができるでしょう。しかし、コンピューターを使ってわずかの間に利益を上げようとする集団が現れたため、2007年には株の平均保有期間は分単位になり、おそらく今は秒単位になっています。評価期間がそれほど短くては、企業は中長期的な取り組みができません。この構造を変える必要があります。

――― 日本の政治も、同じようにどうしても目先ばかりを考えてしまう構造ができ上がっています。日本では過去70年ほどの間に、国政選挙が40回以上行われてきました。2年弱に1回、選挙があったのです。それでは腰を据えた変革は難しいと言わざるを得ません。(直樹)

 

本当にそうですね。せめて参議院が、長い任期に合わせた長期的な視点で熟議してくれればよいのですが。

…さて、前編はここまで。後編をお楽しみに!

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