• 2016/08/29
  • Edit by HARUMA YONEKAWA
  • Photo by KENICHI AIKAWA

地域コ・クリエーション研究(1)ゆうきさん 今回の危機は、仲間意識や団結力が試されるいい機会

地域コ・クリエーション研究とは何か。その実例をご紹介します。

今回の危機は、仲間意識や団結力が試されるいい機会

「コクリ!プロジェクト」では、コクリ!キャンプやコクリ!ラボなどと両輪で、「地域コ・クリエーション研究」を行っています。「地域コ・クリエーション研究」とは、地域内の共感の輪を広げ、地域外とのつながりを創り、コ・クリエーションのムーブメントを起こして、地域を元気にしていく取り組みです。

ゆうきさん(北里有紀さん・写真左)

私たちが、「地域コ・クリエーション研究」に最も力を入れてきた地域の一つが、熊本県の黒川温泉と、黒川温泉がある南小国町です。2012年~13年の「“いち黒川”わっしょいプロジェクト」をきっかけに、黒川温泉と南小国町の有志によってNPO法人南小国まちづくり研究会「みなりんく」が立ち上がり、地域内外をつなげる試みを行ってきました。また、黒川・南小国チームは、コクリ!ラボやコクリ!キャンプにも積極的に参加しています。

“いち黒川”わっしょいプロジェクト「みんなゴト会議」の1シーン

その黒川温泉と南小国町は、2016年4月の熊本地震と、その後の豪雨・土砂災害などによって大きな被害を受けました。特に大変なのが、黒川温泉の風評被害です。熊本地震後、黒川温泉の客数は大きく減りました。地震発生からゴールデンウィーク明けまでの予約キャンセル数は4.1万人、被害総額は9.2億円に上ります(出所:黒川温泉観光旅館協同組合)。2016年8月の今も通常に戻ったとはいえない状況です。その黒川温泉、南小国町で今、何が起こっているのか。コ・クリエーションは何の役に立っているのか。黒川随一の歴史ある宿「御客屋」の七代目御客番であり、黒川温泉観光旅館協同組合の代表理事を務めるゆうきさん(北里有紀さん)にお話を伺いました。なお今回は、ゆうきさんと仲の良い愛ちゃん(三田愛さん)が、対話のパートナーとして参加しています。

対話・インタビュー:愛ちゃん(三田愛さん)

“いち黒川”わっしょいプロジェクト「第二町民花見企画」の1シーン

※なお、「“いち黒川”わっしょいプロジェクト」に関しては、こちらのPDFに詳しく紹介していますので、ぜひご覧ください。
http://jrc.jalan.net/flie/researches/researches042.pdf
※また、NPO法人南小国まちづくり研究会「みなりんく」に関しては、こちらのPDF(P.10~11)に詳しく紹介していますので、合わせてぜひご覧ください。
http://jrc.jalan.net/flie/researches/researches056.pdf
※2015年に創られた「KUROKAWA WONDERLAND」については、こちらのWebサイト及び記事をぜひご覧ください。
KUROKAWA WONDERLAND http://kurokawawonderland.jp/
KUROKAWA Co-Creation Story http://kurokawawonderland.jp/co-creation-story/
紹介記事 http://careerhack.en-japan.com/report/detail/499

地域コ・クリエーションの後、「2つの世代交代」が進んだ

―――じゃあ、まずは簡単に黒川の「地域コ・クリエーション」の歴史を教えてください。

もっと前から始めると、私が22歳で黒川に帰ってきて、働きだしたときは、私の同世代はまだ地域活動を面倒くさがっている人が多かったですね。ただ、黒川温泉では、先代の皆さんが黒川温泉を協力して創っていく「黒川一旅館」という考え方をすでに築いていたこともあって、私も含めて皆がそれに染まって、だんだん変わっていきました。そのうちに、私たちの世代のなかで、皆でつながって動く意識が少しずつ芽生えていったんです。愛(三田愛さん)と出会ったのは2011年でしたが、その頃には、私たちは独自の地域活動に取り組んでいて、先代たちも私たちのことをそれなりに認めてくれていたと思います。

ただ、その頃の黒川温泉は、内部の団結力は強かったけれど、一方で閉じていました。東京などの都市部や町外だけでなく、南小国町の他の地域、他の集落にすら、あまり開いていませんでした。黒川集落は、南小国町では良くも悪くも特別な存在になっていて、周囲との関係性が薄かったんです。愛がやってきて始まった「“いち黒川”わっしょいプロジェクト」は、黒川を南小国町に向けて開く、都市部に向けて開くという意味で、この地域に多大な功績があったと思います。特に、愛と野村恭彦さんが実施してくれた「みんなゴト会議(フューチャーセッション)」の場は画期的でした。

NPO法人南小国まちづくり研究会「みなりんく」の設立メンバー

その後、黒川温泉では「世代交代」が進みました。今では、代表理事の私をはじめとして、黒川温泉観光旅館協同組合の要職のほとんどが30代、40代です。最近、他のさまざまな地域の話を伺うことが多いのですが、ここまでスムーズに世代交代が進んでいる地域は、日本では珍しいようです。先代の方々が本当に協力的で、自分たち若手世代の考えたことを「やろう」と言ってくれて、お金の部分まで任せてくれているのが大きいと思います。ただ、黒川の世代交代はそ一気に進んだように見えるかもしれませんが、実際は私たちが15年くらいかけてコツコツと活動し、周囲の意識を変え、先代の信頼を得てきた歴史があります。すぐに世代交代が達成できたわけではありません。

もう一つの世代交代が、「町長選」でした。みなりんくの仲間の一人、周二さん(髙橋周二さん)が、2015年4月の南小国町長選に出馬して当選したのは、私たちにとって大きな出来事でした。それまでは、まちの政治は上の世代がやるものでした。それを「自分たちの手で、まちの未来を変えていこう!」と町中の若手が一致団結し、楽しく熱い作戦会議を何度も行って、お宅を1軒1軒訪問していきました。その実行部隊の中心は、みなりんくの仲間たちと、10名ほどのまちの若手キーパーソン。私は遊説隊長を務めさせていただきました。こうした選挙活動を経て、町内の同世代とのつながりができたのは大きな出来事でした。

また、選挙をつうじて、まち全体の動きに黒川温泉が関わったことにも良い影響がありました。選挙だけでなく、最近は町内のケーブルテレビで黒川の動きや考えをまちに伝えていただく機会が多いこともあって、おかげさまで「近頃、黒川は頑張っているね」「南小国のために、黒川にはもっと頑張ってもらわないと」と、まちの人から声を掛けられるようになりました。愛がやってくる前は、そうしたことは少なかったですね。

―――2011年にゆうきに出会ってから、今までの黒川・南小国の変化を私の目線で話すと、最初はみんな内向きだなと感じたのを覚えています。一部には、私のような都市の者をなかなか受け入れてくれないところがありました。でも最近は、外に開き、まちの方々を巻き込みながら、新しいことへのチャレンジを楽しむ仲間が何人も出てきています。町長選で、自分たちでまちの未来が変えられるという実感を得た仲間も多いと思います。また、その仲間たちと接したり、イベントに参加したりすることで、「このまちには明るい未来がある」と感じる町民の方が増えてきているように感じます。

黒川・南小国の仲間たちが、外とつながることの重要性を理解してきてくれている

―――黒川の地域コ・クリエーションにとって、「みなりんく」の存在がとても大きいと思います。みなりんくができたことで、旅館、観光、農家、製材所、商店、役場などのキーパーソンがつながって、関係の質が変わってきたのを感じます。みなりんくについては、今はどう考えているんでしょうか?

「みなりんく」は、最初の1~2年、頑張って活動していたんですが、皆が本当に忙しくなってきたこともあって、去年あたりから無理やり頑張るのを止めました。現在は、定期的な活動はほとんど行っていません。そうしたら、今まで以上に「使い勝手のよい組織」になりました。都合の良いときに、必要に応じて、皆が利用し合えるネットワーク型の組織になったんです。みなりんくの仲間たちの根本にあるのは、「南小国の地で暮らすことを楽しみたい」「南小国の暮らしを良くしたい」という気持ちで、これは以前とまったく変わっていません。南小国のために、互いに協力する仲間という意味では、良い関係性を築けていると思います。

―――みなりんくは、「ありたい未来」(南小国が1000年後も変わらずにあり続ける未来)や「根っこの想い」(豊かに、楽しく生きる人々を増やし続けること)で共感できている集まりで、お互いに深く信頼し合っていると感じます。みなりんくを見ていると、まちの未来について、腹を割って話せる仲間がいること自体が、まちの未来にとって大きいことなんだなと思います。

ただ、こういう関係性は、きっと腐っていくのも速いんです。たまには皆で楽しいことをしないとダメで、2015年の「KUROKAWA WONDERLAND」の一連の取り組みや、2016年6月に行った“KUROKAWA熊本震災支援イベント~黒川温泉に100人集めて「お金を落として」「情報発信しよう」~”が、みなりんくにとっても、地域にとってもカンフル剤になるんです。こうしたプロジェクトやイベントを通じて、地域の外からもたらされる刺激は本当に大きなものだと思います。

KUROKAWA WONDERLAND

この前、黒川温泉の先代のお一人が、あるところで「ゆうきさんが撒いてきた種がようやく花開いてきましたね」と言ってくれたそうです。嬉しかったですね。私は愛に出会った当初から、黒川の仲間たちに「外に開くのが大事だ」と何度も伝えてきたのですが、最初はなかなか理解されませんでした。でも、今回の熊本地震で力を貸してくれたのは、都市のクリエイターや温泉ジャーナリストなど、外の方々だったんです。クリエイターの皆さんは“KUROKAWA熊本震災支援イベント”で助けてくださいましたし、温泉ジャーナリストの方は、クラウドファンディングで「黒川温泉に今すぐ1000湯入浴の約束を届ける」プロジェクトを企画してくださったんです。実は、黒川温泉は、クラウドファンディングなどを利用した宣伝が苦手だったんですが、今回はそうした新たなチャレンジにも取り組んでいます。最近はことに、黒川や南小国の仲間たちが、確実に外とつながることの重要性を理解してきてくれていると感じます。

この危機で失敗したら、絆が切れるかもしれない

―――熊本地震の後、黒川温泉は本当に大変な状況だけれど、今はどう思っていますか?

一言でいえば、「絆が試されている」と思います。今回の熊本地震は、80歳、90歳のおじいちゃん、おばあちゃんが「こんな地震は初めてだ」というような地震です。地震やその後の豪雨による土砂災害もさることながら、黒川温泉では、その後の風評被害による売り上げ減が大変厳しい。以前にも、2~3カ月間、売り上げが急減したことはありましたが、今回は、それとは比較にならないほどの危機です。こうした危機を迎えると、黒川温泉内でも、どうしてもそれぞれの想いの差が目立ってきます。いつもと違って、なかなか皆の意見がまとまりません。また、南小国町全体を見ても、どうしても想いの差があります。例えば、「みなりんく」にはさまざまな立場の参加者がいます。役場の職員は地震で職を失うことはないですし、農家は国からさまざまな形で補助金が出ています。こういうとき、観光業は本当に脆い。自然災害で一気に淘汰されてしまうかもしれないビジネスなんです。正直なところ、この危機で失敗したら、絆が切れてしまうかもしれないという不安はあります。

でも、逆に言えば、こういうときに皆で肩を組んでチームになれたら、きっといつでも協力し合えるでしょう。ここを乗り越えれば、強くしなやかな絆ができるだろうと思うのです。そういう意味では、今回の危機は、さまざまな面で仲間意識や団結力が試されるいい機会だと思っています。

一番辛いときに、みなりんくの仲間が、クリエイターの皆が力を貸してくれた

―――今回の“KUROKAWA熊本震災支援イベント”には、私はほとんど関わっていないのだけれど、話を聞いて、まさに象徴的なコ・クリエーションの事例だと思ったので、ぜひ詳しく聞かせてください。

「どんなイベントだったのか」については、このサイトジモコロの徳谷柿次郎さんの記事を見ていただくのがよいと思います。ごく簡単に説明すると、徳谷さんのアイデア・企画から始まったイベントで、自腹で100人のライターさんに黒川温泉に来ていただき、その体験をベースに情報発信していただくというものでした。もともとKUROKAWA WONDERLANDの映像作家・やすくん(田村祥宏さん)と徳谷さんの仲が良くて、そのつながりで徳谷さんが黒川に取材にきてくれたことがきっかけで始まったものです。

“KUROKAWA熊本震災支援イベント~黒川温泉に100人集めて「お金を落として」「情報発信しよう」~”サイト

なお、私はダンドリと設計に関わっただけなので、全部を語ることはできません。あくまでも私の目線でお話しします。私が気をつけたのは、「まち全体をいかに巻き込むか」ということでした。なぜかというと、町民のほとんどの方が、あまり外とつながっていないからです。外とつながらないと、その方の行動範囲が世界のすべてになってしまうから、どうしてもネガティブな発言が多くなってしまう。でも、外の方が「南小国町、面白い」「いいところだなあ」などと語っているのを聞くと、嬉しそうにしているんです。一人でも多くの方に、南小国町は捨てたものじゃないと知っていただきたい。ここに住んでよかったと思っていただきたいと思うんです。だから、できるだけ多くの町の皆さんに参加していただきました。

“KUROKAWA熊本震災支援イベント”の集合写真

今回のメインイベントは、参加者の皆さんに南小国町を感じていただく「6種類の体験アクティビティ」で、特にこのときに、町のさまざまな方の協力を仰ぎました。でも、それだけじゃなくて、イベント全体を多くの町民の方々と共有したいと思い、1日目の「合同パーティー」にも大勢参加していただきました。パーティーとなると、単に声がけをするだけでは恥ずかしがって来てくださらない方が多いので、一人ひとり直接説得に回りました。この説得の場面では、哲っちゃん(橋本哲典さん/南小国町役場の職員で、みなりんくメンバーの一人)が頑張ってくれたのが大きかった。その他の場面でも、哲っちゃんがしっかりダンドリを組み、対応してくれたおかげで、うまくいったことがたくさんあります。

哲っちゃんのほかにも、勝明(佐藤勝明さん/さとうファーム代表、南小国町農業者グループ百姓いっき代表)は吉原神楽を舞ってくれたし、農家の皆さんはおいしい郷土料理を作ってくださいました。周二さん(髙橋周二町長)のスピーチはすばらしかった。他の皆もそれぞれ協力してくれました。「KUROKAWA WONDERLAND」のクリエイター陣も、やすくん(田村祥宏さん)、タカザワさん(タカザワ カズヒトさん)、けんちゃん(相川健一さん)、のまさん(野間寛貴さん)など、多くの方がサポートしてくださいました。皆さん、私たち黒川が一番キツイときに力を貸してくれて、本当にありがたいと思っています。

嬉しかったのは、イベント終了後、Facebookで何人かの参加者のライターさんから声を掛けられて、「実は、最初はあまり期待せずに参加しました。きっと疲れるのだろうなと思っていたんですけど、逆に元気になりました。おじいちゃん、おばあちゃんの真心に感動しました。南小国が好きになりました。ありがとうございました!」といった内容のコメントをいただいたことです。この町を好きな方が増えた。嬉しかったです。他の参加者の方々の評価も高く、やった意味があったと思っています。参加したライターさんは、次々に素晴らしいブログ記事を書いてくださっています。

それから今回は、イベントに関わる皆さんのFBのメッセンジャーでグループを作って情報共有しました。こうしたことも含めて、コクリ!キャンプやコクリ!ラボでいいと思ったことは、いろいろと積極的に取り入れています。

吉原集落で継承されてきた吉原神楽(東京デザインウィーク2015にて)

―――「地域にコ・クリエーション文化が根づく」というのは、コクリ!を広めている私が何もしなくても、あるいは地域のリーダーであるゆうきがあまり動かなくても、勝手にどんどん皆がつながって、コ・クリエーションが起こり続ける状態だと思っています。その意味で、今回のイベントが私のいないところで行われたのはとても嬉しいです。

今は、とにかく一歩でも半歩でも前に進んでいく時期

―――最後に、これからの抱負を聞かせてください。

地震の前、私は調整型のリーダーでした。仲間の想いを吸い上げて、できるだけすべてが良くなるようにしたい、嫌な思いをする人を少しでも減らしたいと考えていました。ですが、今は違います。こうした危機のときは、調整型では皆を引っ張っていけません。多少の混乱があっても、前に進めていくことが大事だと考えています。こうした災害が起きたときに、過去のすべてを残したり、すべてを元に戻したりするのは難しい。なくなるものもあるのだという事実を受け入れながら、まちが幸せであってほしいというシンプルな願いに立ち戻りながら、まち全体が半歩でも一歩でも前に進んだほうがよいと考えています。そうした意味では、熊本地震の後、今まで自分になかった能力を磨いていると感じています。

愛ちゃん(三田愛さん・写真右)

―――個人的には、ゆうきと私の関係がコクリ!プロジェクトの原型であり、ベースだと思っています。「根っこの想い」に共感し合っているから、生きてきた環境も性格も専門性もまったく違うのに、人として深く信頼しあい、「境界を超えてつながって」いる。まったく違うからこそ、「北極星(ありたい未来)」を握りしめながら、互いに本領発揮してワクワクで動き「感性に従ってまずやってみる」ときに、“予想だにしない未来”が起こっていく。その結果、互いに影響を与え、互いに次のステージに進んでいける。地域コ・クリエーションでは、こうした関係を増やしていくことが最も大切だということを改めて感じました。

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